ペットと野良犬の区別は難しい!?バリ島のリアルな動物福祉事情<海外情報レポート・バリ編①>
動物福祉を考える上で、日本以外にも目を向けてみることはとても大切です。
アニドネでも、海外情報レポートにて取り組みが進んでいる国、そうでない国についていくつか取り上げてきました。
今回は、インドネシア・バリ島の動物事情について、全3回にわたってお届けします。
インタビューしたのは、アニドネの「+イイコト」にも参画いただいており、現在バリを拠点に活動されているペットアロマウェルビーイング協会代表 すとうえりさんです。
日本からの観光客も多く、海も山も楽しめる人気リゾート地のイメージがあるバリですが、動物福祉事情は日本とは様相が異なっていました。(2020年5月オンラインにて取材)
Profile
すとう えり
🐾経歴🐾
ペットアロマウェルビーイング協会(Pet Aroma Well-being Association 略称:PAW)代表
仙台で「アロマアトリエ ファイブエレメンツ」を開業し、専門学校アニマルインターカレッジ(仙台)、中央動物専門学校(東京)などの教育機関にて“動物のためのアロマセラピー”の講師を務める。また、日本アロマコーディネータースクール「ペットアロマ講座」、全日本動物専門教育協会「ホリスティックアニマルアロマセラピー」の通信・通学講座開設にも携わる。
現在はバリ島を拠点にアロマアトリエ「Five elements Aroma Bali」を主宰し、インドネシアの天然原料を用いたハンドメイドソープやハーブウォーターなど、素材や工程にこだわったオリジナルアロマ商品のプロデュースに取り組み、バリ島と日本を繋いでいる。
(過去のすとうさんへの取材記事はこちら)
震災を機に、愛犬と共にバリへ移住
ーバリ島に移住したきっかけ・転機を教えてください。
「もともと人のためのアロマセラピーを実践している中で、ペットへのアロマの可能性を探求する機会に恵まれました。新しい扉が開いたその世界は、動物たちと植物たちが新しいことをたくさん教えてくれて、寝食を忘れるほど夢中になって学びを進めていきました。
ペットアロマの世界が私なりに理解できてきて、動物やアロマを愛する方々にもこの手法や心をお伝えしていきたいと、ひとつの表現としての通信講座が形になったのが2011年3月、ちょうど東日本大震災の時期でした。
プライベートではインドネシア・バリ人(ヒンドゥ教徒)との結婚、育児、仕事の両立のためインドネシア・バリ島と日本・仙台での遠距離結婚生活を送っていましたが、当時まだ4歳だった子供のこと、自分自身の人生と家族のあり方を改めて考えました。また、通信というスタイルでの交流が可能な時代がきたと確信し、震災を機にバリ島に拠点を移す決断をしました。ペットアロマのパートナー犬だったミニチュアシュナウザーの親子2頭も、一緒に海を渡りました」
犬はバリの人々の暮らしに溶け込んでいる
ーバリの人々にとって「犬」はどういった存在なのでしょうか?
「バリ島にいる犬や猫は、大きく分類すると「放し飼いの犬・猫」「野良犬・猫」「ペット」の3タイプが存在しているように思います。
一番多いのが、「放し飼いの犬・猫」で、ある調査によるとバリ人の約8割は犬を完全に放し飼いで飼っているそうです。飼い主やひとり以上の世話をする人がいる場合もあり、飼い主は自分の犬・猫としての認識は薄く、多くは「村の犬」、「ビーチの犬」などという認識で、責任の所在があまり明確ではないこともあります。バリ犬は野生環境と人間環境の中間に生きているユニークな存在で、遠い昔に人に飼いならされ生きてきた犬の暮らしと似ているという考え方もできます。
バリ人は歴史的に犬が自由に歩き回ることを許可し、日常生活に溶け込んでいます。犬は人の近くに暮らし、祭りや祈りのお供え物の残りや人の食べ残し、最近では地域の人やボランティアからの食糧や医療支援を受けてある程度自立しています」
◆参考:
バリ人にとっての犬というのは、約80%は番犬として、約20%はコンパニオンアニマル、宗教的または伝統的な義務に関連の犬に関しては約2%
ーバリ島にはどれくらいの犬が暮らしているのでしょうか?
「飼育頭数や野良犬・猫の正確な頭数を知るのはとても難しい環境にあると思います。日本のように飼い犬の登録やワクチン義務の法律がありませんし、飼い主としての認識がない大多数の人たちと、そこに自由に生きる犬・猫、といった状態だからです。ある調査によると、バリ島ではペットの犬や野良犬を含む約50万頭の犬が確認されています。バリ島の総人口は約400万人で、犬の比率は1/8に当たります。また、狂犬病の頭数は、2018年は149例と報告されています」
出典:
http://bbvdps.ditjenpkh.pertanian.go.id/
https://www.researchgate.net/publication/280030445_On_dogs_people_and_a_rabies_epidemic_Results_from_a_sociocultural_study_in_Bali_Indonesia
ー人々は街中の野良犬とどのように接しているのですか?
「バリ島の街中にいる野良犬は『放し飼いの犬』とは違って警戒心が強く、人間との接触を強く回避しており、自分のペースと人や他の犬との距離をきちんと持っています。人々は狂犬病の不安もありますので、知らない犬に触れることはあまりありませんが、食堂などでご飯を食べている時に近寄って来た時などには、食べ物を分けたりすることもあります。動物愛護団体が野良犬・猫や放し飼いの犬・猫に食餌を配給しているケースもあります。
近年の行政による狂犬病対策や愛護団体の熱心な不妊・去勢手術や保護活動などにより、バリ島では野良犬の数は減少しました。2008年に始まった狂犬病の大流行により、吹き矢で毒殺するという残酷な行政対策により、当時約150,000頭の野良犬や放し飼いの犬が犠牲になったと言われています」
近年富裕層を中心に増えている「ペット」も、放し飼いやノーリードが多い
ー「ペット」という概念は浸透しているのでしょうか?
「『ペット』とは飼い主と居住を共にし、基本リードで散歩し、完全に人間に依存して生きていますよね。この飼い方をしているのは外国人や経済的に豊かなインドネシア人に多くみられ、避妊去勢手術など飼育管理がしっかりされている。近年の経済成長により『ペット』として犬や猫を飼育するインドネシア人も増えてきています」
ーペットはどのように飼われているんでしょうか?
「どのような人がどのような犬・猫を飼育していくのかによっての違いが大きいですが、私のバリ人家族(一般的な飼い方)を見てみると、庭や家の近所ではノーリードで放し飼いです。
避妊去勢の意識は低く、何度も出産を繰り返し、生き残る子犬・猫は生命力が強い子のみ。『命をありのまま受け止めている』ように思います。避妊去勢手術に関しては、死生観や倫理の違いから積極的に行われていない、動物に医療費をかける慣習が浸透していないようです」
◆参考:
バリ人の飼育する犬の不妊・去勢手術の割合は2割以下
ーペットとして飼育している人々は、どこから手に入れているのでしょうか?
「バリ人の中では、近所や親戚などの家で生まれた犬や猫をもらって飼育している人が多いですね。また、バリ人の間では番犬能力の優れるオス犬が好まれ、メス犬を捨てる慣習も残っているのが現状です。
◆参考:
飼育割合はオス9割:メス1割
外国から移住してきた人は、純血種を飼育、または保護団体からバリ犬を保護している人が多いです。経済的に豊かなインドネシア人は純血種をブリーダーから購入しています。バリ島にもペットショップはありますが、生体販売はみられないですね。フードやおもちゃ、首輪、衛生用品などの販売が主という感じです」
ー他にバリ特有のペット事情があれば教えてください。
「インドネシアは飼育しやすいこともあり、ペットとしての鳥の人気は高いです。インドネシアでは禁止されている闘鶏ですが、バリ島では儀式の際に正式に行われることもあり、バリ人の男心を興奮させる喜びとして根強い人気があり、鶏を飼育する人も多いです。
バリ島最大の市場内には、『パサール(市場)・ブルン(鳥)』があります。そこは鳥(時には絶滅の危機にある鳥や動物の違法販売も裏で取引されている……)だけでなく、ペットとしての犬、猫、猿、豚、フクロウなどが販売されています。
以前、私の愛犬が迷子になってしまって必死に探していたのですが、『あなたの犬にとてもよく似た犬をパサール・ブルンで見た』と言われたことがあります。結局、市場では見つけられなかったのですが、その後ネットオークションで格安で販売されていたのです。なんとか取り戻すことができましたが、今でも嫌な思い出です。
私たちにとっては大切な家族でも、窮困した人からすると、ぬいぐるみのような犬は『売れるもの=お金』でしかないのでしょう。このようなことが頻繁に起こっているバリ島では、純血種や小柄で可愛い犬は盗まれる確率が非常に高く、飼い主さんは外に出さないようにして愛犬を守っているのです」
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海外情報レポートバリ編は、愛犬を溺愛するあまりペットセラピストの資格を取得した、アニドネライターの安心院(あじみ)が執筆を担当させていただきました。
「ペットは家族」という概念が浸透している日本では、街中に野良犬や放し飼いの犬が当たり前のようにたくさんいる風景が想像しにくいかと思います。
私自身もバリには何度か旅行で訪れたことがあり、実際に街中で人々と共に暮らす犬の姿を目にしてきましたが、今回実際にお話を聞いて動物への意識の違いの大きさにとても驚きました。
どちらが正しいということではなく、まずは私たちがこうした現実を知っていくことが第一歩なのでしょう。
全3回にわたってお送りするバリの動物福祉事情。
次回は、すとうさんが衝撃を受けたバリ特有の犬文化とその背景、動物福祉に取り組む人々の活動内容をお届けします!
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