ペット業界人インタビュー

お葬式は「また会う約束」。ペットと人間、関係性の変化と供養のかたち

愛犬や愛猫を、大事な家族の一員と考えている方は多いかと思います。それに伴い、ペットが亡くなったときに人間と同じようにお寺でお葬式をして手厚く弔う「ペット供養」を行う飼い主さんが近年急増中。ご自身も大の猫好きで、ペット供養を執り行っている東京都世田谷の感応寺・成田淳教住職に、人間とペットの関係と供養の変化についてお話を伺いました。

(2021年9月取材)

 

Profile

浄土宗 感応寺住職 

成田淳教(なりたじゅんきょう)さん

 

昭和50年世田谷大吉寺生まれ。

佛教大学専修科修了。大正大学仏教学科卒業。平成13年から感応寺住職。全国浄土宗青年会役員を歴任後第24期理事長(〜H30)、動物供養協議会理事(現職)


 

家族としてペットを弔う

―感応寺でペット供養を始めたきっかけを教えてください。

「2003年頃だったでしょうか。新聞紙に包まり亡くなっている猫が門戸の前に置かれていて、どなたかが埋葬を望まれたのかなと思いお経をあげました。同じ頃、お寺の敷地の地面を掘って、飼っている亀を埋めようとしている方を見つけたので、声をかけてお線香を立てお経をあげたことがありました。そのようなことがあったので、『人間だけではなくペットの供養を望まれている方もいらっしゃるのではないか』と思い、お寺の任務としてペット供養を始めたのです。今では隣接区を中心に、口コミで知って依頼してくる方も増えています。今日も21時と22時に入っています」

 

 

―お寺では猫の保護活動にも携わっていらっしゃるのですか?

「地域猫活動として、手術の費用を持ったり、新しい飼い主さんが見つかる前の預かりの受けいれをやったりしています。あと、ペットのお葬式をされた飼い主さんから、亡くなったペットのために買いだめしていたごはんなどの寄付をいただくこともあるので、保護団体さんに寄付したり、境内に来る猫にあげたりしています。境内に住んでいる猫(手術済み)が3匹いて、夜になるとさらに外から6、7匹来て、集会をしているようです(笑)」

 

 

―ペット供養とは具体的にどのようなことを行うのでしょうか?

「さまざまなプランがありますが、人間のお葬式とほとんど変わらないスタイルです。お堂でお葬式を行うものや、火葬炉の前でお経をあげるお葬式などがあります。初七日の法要を行うプランもあります」

 

―ペットのお葬式をされる方が増えているというのは、住職も感じられますか?

「はい。人間と全く同じことをすることによって、家族という意識が強まっているのではないかと思います。たとえばワンちゃんを犬の保育園に通わせる飼い主さんも増えていますよね。ある方が『うちのワンちゃんは家族だから、ちゃんと学校も通わせて、亡くなったあとも法事をした』とおっしゃっていました。

 

亡くなったときは大きなショックを受けますが、お葬式をすると落ち着いた表情をされる方は多いです。お葬式の儀式には一つひとつに意味があります。それぞれを経て実感を得て次の段階に移っていくという儀式なので、お葬式をすることで『送った』という実感を持てるのだと思います」

 

―お葬式では飼い主さんにどのようなお話をされますか?

「『また会う約束をして送り出してあげましょう』ということは必ずお話しています。ペットちゃんも飼い主さんにまた会いたいと思っているから、そのためにもお葬式で送り出してあげましょう、と。

 

亡くなってから極楽浄土という世界に行くと、向こうからこちらが自由に見えるそうなのですよ。向こうからこちらの声を聞くこともできるし、こちらに来ることもできる。残念ながらこちらからは姿を見ることができませんが、特に原因はなくても『なんとなく今日は元気があってやる気があるな』というときは、近くに来て力をくれているのかもしれません。思いがけずいいことがあったら、何かしてくれたのかなとか。

 

『かもしれない』ではありますが、そう受け止め感謝を込めてまたご供養しましょう、そういうお話もいたします。

 

これからも見守っていてねというお願いと、こちらも寿命を迎えたら行くからまた会いましょうという再会の約束を込める。私自身がそうありたいと思っているというのもありますが、再会について私は確信しています。私も飼っていた猫が2匹向こうに行っていますから…」

 

―お葬式は、また会う約束の儀式なのですね。

「はい。仏教では、地獄道、餓鬼道、畜生道、修羅道、人間道、天道という六道という考え方があります。生き物が輪廻転生する6種類の世界のことです。死んだあと、六道から別の世界に仏様から迎えてもらうというのがお葬式の内容なのですよ。六道の中で生まれ変わりをしていると、我々が前世のことを覚えていないように、飼っていたペットとどこかの世界で会ってもお互いのことがわかりません。それがわかって会えるのは極楽だけなのです。

家族になるということは、それだけご縁が深いので、お葬式をやらなかったとしても生まれ変わって近しい形で合う可能性は高いですが、それは僧侶としてお約束はできません。お葬式で極楽に行くというのは、仏様が約束したことなのです」

 

ペットと一緒にお墓に入る飼い主さんも

―お寺の敷地内にはペットと一緒に入れるお墓や永代供養塔がありますが、一緒に入りたいという方は増えていますか?

「増えています。私も子どもがいないので、ペットと入れる永代供養塔に入るつもりでいます」

 

 

―ペットとの共葬を認めていない墓地も多いですが、仏教では人間のお墓に動物を入れてはいけないというしきたりがあるのでしょうか?

「仏教の教義で禁止されているということは特にないのですが、おそらく昔は、今ほどペットは家族という感覚もなかったですし、当然のように別物されていたのだと思います。墓地は『人間の先祖の遺骨を埋葬するための場所』と考えられているからです。

 

感応寺のお墓はペットと一緒に入れるのですが、現代の法律では遺骨の埋葬以外に墓地を使わないことになっているので、ペットのお骨は『副葬品』という定義になります。私は好きな考え方ではありませんが、ペットは法律で『もの』と扱われています。亡くなった方のお骨と一緒に眼鏡や時計を入れる、というのと一緒です。

 

また一緒に埋葬できないお墓が多いのは、トラブルのもとになりやすいからだと思います。これまで人間だけのお墓だったところに途中から動物が入るのを嫌だと思う方もいることでしょう。そのため、伝統的なお墓では認めていないところが多いです。うちは墓地自体が新しく、墓地を作る段階からペットをOKにしているので、それが嫌な方はうちを選ばないのだと思います。

 

もうひとつは、一家のお墓であっても、家族の中で『自分はワンちゃんが好きだけど、先にお墓に入っているお父さんは嫌いだった』ということもあります。家という単位のお墓と考えたときには、ペットの共葬はよくよく考えなくてはいけませんね。そういうわけで、ペットと人間が一緒にお墓に入ることについては、家族という問題と、墓地全体としての問題があります」

 

―ペットのお葬式やお墓は増えている一方、人間の葬儀はどんどん簡略化されているとよく聞きます。

「そうですね。人間だと火葬するだけという人も増えているとか。しかし、簡略化のし過ぎも心残りだという方も増えているようです。先ほどもお話したとおり、お葬式の儀式には一つひとつに意味があり、それらを経ることで『送った』という実感を持つことができるので、簡略化しすぎることで『送った』という感覚が得られないのかもしれません。

 

そのため、骨葬というものも出てきています。骨葬は火葬後にお寺で行うもので、お骨を祀ってお花を添えれば祭壇を組まなくてもよいので比較的安価にできます。そもそもこれまでの人間のお葬式は、景気のよかった時代の感覚を引き継いでお金がかかりすぎていたのかもしれません」

 

命とは「生まれ変わりの主体」

―ペットが亡くなるのはとても悲しいことです。生きているうちから、死を受け入れる覚悟はしておいたほうがよいのでしょうか。

「死別を経験してしまうと、死ぬことを考えるだけで苦しくなってしまう人もいるので、あまりおすすめはしません。ただ、『死んでもまた会える』、お葬式はそのための儀式だと認識しておくと、亡くなったあとにそれが確信に変わるかもしれません。

 

私なんかお寺で散々そういったことを勉強してきたのに、いざ自分の飼っている猫のお葬式をすることになったら、声が上がってきてお経があげられませんでした。私たちは仏教の修行の中で、自分の中で自分がどう思っているのか、どんな感情がわいてきたかを観察する目を持つようになるのですが、それでも悲しみの感情が早すぎて観察が追いつかなかった経験はあります。押さえきれないですね」

 

―ペットロスは、自分の肉親やパートナーが亡くなったときよりも深刻だという話も聞いたことがあります。

「ペットのお葬式のときに『親のときよりも悲しい』とおっしゃる方は多いですね。個人差があるので一概に言えませんが、たとえば親やパートナーって、むかつくときがあるじゃないですか(笑)。でもペットのわがままはかわいいものに感じますよね。人間同士の家族の場合、死別のときに自分の中でわいてくる感情は、愛情関係だけではないはずです。愛情関係がなくなることが悲しみなのだとすれば、人間同士はそれだけではない。純粋な悲しみとは少し違うのかなと思います。多岐にわたる感情のロスが起こるなかで、純粋な悲しみが特に強調されるので、その意味では愛情と信頼関係だけのペットとの死別がより悲しく感じられるのではないでしょうか」

 

―ちなみに人間の命と動物の命、仏教的に違いはあるのですか?

「難しい質問ですね。仏教では固定的な命というものを捉えていません。『自分の命』という意味では、仏教的には『生まれ変わりの主体』のことだと思います。肉体の寿命が終わって、また生まれ変わりますよね。この時に継がれるものというのが、生まれ変わりの主体です。『私』が死んだあとも連続していくと生まれ変わりになるので、『生まれ変わりの主体』を命とすれば、人間も動物も差はありません。人間や他の生き物に生まれ変わるのではなく、極楽に生まれて再会するための儀式がお葬式なのです

 

 

浄土宗 感応寺

東京都世田谷区上馬4-30-1

 TEL 03 -5431-7676

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