1万6000回に及ぶ「ふれあい活動」
「動物介在」というと難しく聞こえるかもしれません。
ですが、本来人に備わっている動物への愛情と 動物が持っている人への信頼感が出会う場、 というふうにいえばイメージがつくでしょうか。
そのような「人と動物のふれあい活動」を29年間、 回数にして約1万6000回に及ぶ活動の先頭に立ってこられた 柴内裕子先生のインタビューです。
(2014年8月取材)
Profile
Hiroko Shibanai/1935年東京生まれ 赤坂動物病院 院長 公益財団法人日本動物病院協会(JAHA)相談役 公益社団法人日本動物病院協会CAPP認定動物審査委員 社会福祉法人日本聴導犬協会監事 一般財団法人J-HANBS理事 仙台市動物愛護協議会委員 日仏獣医学会監事 日本障害者補助犬学会評議員 公益社団法人knots顧問 2013年には環境省より動物愛護管理功労者として表彰 著書は15冊以上、講演活動は300回以上 |
─「人と動物のとのふれあい活動」とは、どのようなご活動なのでしょうか?
「ヒューマン・アニマル・ボンドという理念が欧米にはございます。日本語にすると『人と動物との絆』ですね。
この理念に基づいたボランティア活動である『人と動物のふれあい活動(CAPP コンパニオン・アニマル・パートナーシップ・プログラム)』を1986年にスタートさせました。
当時、私は日本動物病院協会(JAHA 現公益社団法人日本動物病院協会)の会長の任にあり、動物医療を通じて社会に貢献する活動として着手いたしました。
大きく分けて3つの分野があります。精神面とリハビリテーションの手助けをする『動物介在活動』、また病気の治療行為としてサポートを行う『動物介在療法』、そして子供達の道徳的・精神的・人格的な成長を促すことを目的とする『動物介在教育』です。
具体的な活動内容としては、医療施設や高齢者施設、小学校などの児童関連施設、心身障害者(児)施設などへ、犬や猫を連れて訪問いたします。全国に約95チームが常時活動し、参加獣医師は延べ人数で23,967人、参加ボランティア数は123,802人、参加動物は119,279頭、訪問回数としては15,860回となりました(1986年5月から2014年3月迄)。
長く活動をして参りましたが、その間に事故の発生やアレルギーの発症などの問題は一度もなく、世界に類を見ない社会貢献活動だと評価されています。
この実績があるのは、さまざまな方の協力があるからです。
獣医療関係者のみならず、人間の医療従事者、学校や高齢者施設の専門者からのサポート、また動物の協力なしにはできない活動ですから参加する犬猫達、行動分析学の専門者など、多くの方の協力を得てきました。
そして、長く続けられているのは、参加された方自身が活動の意義を感じ『人と動物のふれあい』がいかに大切であることか、が伝わっているからだと思っております。」
─日本の動物福祉に関して、どう思われますか?
「最近やっと『動物福祉』という言葉も聞かれるようになってきましたね。
私が獣医師になった頃と比べると、動物に対する環境はとても良くなってきたと感じております。陽性トレーニングが当たり前になり、動物の素晴らしさを理解している飼い主さんも増えました。
集合住宅でもペット可が増えて参りました。本当に喜ばしいことです。
ただ、まだ『殺処分』が残っているのも事実ですね。私は、そもそも『殺処分』という言葉自体間違いだと提唱しております。
このような言葉は小学校の講演では使えません。いわゆる行政言葉ですが、この認識から変えていくべき、だと考えております。
また、殺処分ゼロへ、という活動の拡がりは良いことだと思っておりますが、国によって状況は変わります。
実は、日本の獣医学では『安楽死』は教えていないのが現況です。
命の処置ともいいましょうか、獣医師が飼い主を前に命にどう向き合うか、も同時に考えるべきだと思います。どんなに苦しくても動物は自殺ができません。
命を扱う獣医学がない中、殺処分ゼロのみに先走るのは少し違和感を感じております。」
─柴内先生にとって、ペットの存在とは?
「『人類が優しさを忘れないための存在』です。
動物が苦手、という方もおられますが、多くがあまりふれあいのない生活を送ってこられた方や残念ながら幼少期に怖い想いをしてしまった、という方ばかりです。
そうでなければ、ふんわりした毛ざわり、人間を見つめる優しいまなざし、抱きかかえれば温かいぬくもり、これらを五感で感じれば誰でも『優しい』気持になるでしょう。
子供の成長期にあっては、犬猫と暮らすことがいかに情操教育に役立つか、は欧米で研究が進み実証されています。ごく自然に共に生きる存在が伴侶動物です。
自然に生きる動物たちへは自然を残していかなければなりません。
しかし、犬猫においては人類と生きる道を1万4000年前に人間が始めました。返す自然を失わせたのは私たちです。
そうした以上は、共に幸せに暮らすための『社会』、それは将来の人類のためでもあります。」
─なぜ獣医師になられたのでしょうか。
「私は、戦争経験者です。東京の代々木にあった自宅は戦争で焼けました。
戦火で焼けたチャボがヒナを抱えて亡くなる姿や、祖母の愛犬が診療も受けられずに苦しんで死亡したり、現在の国道20号甲州街道を大きな荷車を引きかねて喘ぐ馬を太い鎖で叩いていたり、飼い犬が有無を言わせず徴用されて行ったり、子供ながらに『誰かが動物のことを本気で考えねばならない』と思ったのです。
当時獣医師は全て男性、皆参戦していてどこにもいない。
当然小動物の先生はいません。私は戦争に行かない女性の獣医師になりたいと思ったのです。
終戦を迎えたときに、私は10歳、小学校4年生のときでしたね、動物のお医者さんになろうと決意しました。
今では自称『日本で最古の女性獣医師』と申しあげております(笑)。
私が院長を務める赤坂動物病院は、1963年に開業いたしました。昨年うっかりして50周年だったことを忘れておりまして、51年を迎える今年の10月に記念的な行事を行おうと考えております。」
─今後のお取組みを教えてください。
「先ほどお話しましたように、伴侶動物(ペット)というのは『社会』の一員ですね。
そうであれば、もっと公的に認める仕組みを確立したいと考えています。伴侶動物(ペット)が市民権を得られれば、公的機関も使いやすくなります。
例えば、現在、前出のふれあい活動(CAPP)に参加している動物たちが飛行機で移動する場合、貨物扱いですから座席の近くには乗ることもできません。人の社会で人のために働く動物も移動は貨物です。
また、日本は待ったなしの高齢化社会です。伴侶動物(ペット)も同じことです。人と動物の高齢者センターを作りたいですね。
どんなに動物が好きでも、高齢者にとっては先立つ不安を抱え動物と暮らすことを諦める方が多々おられる日本。
私の病院の飼い主様の方々も、もし自分が先立てば、安心して任せられる場、病院として弁護士事務所を通じて自宅の鍵を預けたり、遺言書をお預かりすることもありますので、生前相続をペットに残せる仕組みが必要です。
実は、昨年視察しました、アメリカのタイガープレイス(動物と生涯住める高齢者施設)は、モデルケースです。
伴侶動物(ペット)が高齢者と共に支え合って穏やかな人生のフィナーレを過ごす姿がありました。日本もそのような社会に近づけるよう、生涯現役を目指して私も活動を続けたいと思っております。」
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