動物を「科学的に」愛するとは?
御歳80を超えるとは、まったく思えないパワーが加藤氏にはありました。
それはきっと好きな分野で自分の信念を持って生きてこられたからだと感じました。
日本の動物医療の先駆者に、今後どうすべきなのか、をお聞きしました。
(2014年4月取材)
Profile
Gen Katou/1932年生まれ ダクダリ動物病院 総合院長 一般財団法人J-HANBS 理事長 コロラド州立獣医科大学客員教授/日本親善大使(2011〜2013) 公益財団法人日本動物病院福祉協会 初代創設会長・2代・10代・11代会長 常任学術アドバイザー、相談役 全米動物病院協会学術ウォルサムアワード(動物福祉・動物愛護)を日本人として初めて受賞。(1987年) 環境省より動物愛護管理功労賞を受賞(2010年9月) 小動物臨床のバイブルである「KIRK―小動物臨床の実際?」の翻訳監訳を始めとして 著書・翻訳は65冊以上に及ぶ |
―まず、先生が獣医師を目指したきっかけを教えてください。
「はい、私は昭和7年生まれで子供のころは太平洋戦争と戦火のもとにありました。
当時は自動車10%、トラクター0%、荷馬車90%、農耕運搬はすべて馬で、『馬』といえば、『軍馬』です。
富国強兵のために、軍のもと育成されていました。
ですので、『蹴られれば即死するぞ』と大人に言われており、怖い動物だと教育されておりました。
そんな多感な時期に一冊の本と出合いました。
『愛馬読本』という名で、内容は今でいうと、「馬の飼い方・しつけ方」とでもいう感じですね。
その本は、私に衝撃を与えました。
馬というのは感情があり、そして愛すべき動物である、ということが書かれていたんですね。
私はそこから動物には動物の医者が必要であり、私は動物のお医者さん(小鳥から象まで診療できる医者)になろうと決心をした次第です。
今でもよく覚えていますが、生まれ故郷の神戸から(国立10校、大阪府立1校の中で唯一、独立した学部として獣医科がある)北海道大学 獣医学部に入学するとき、36時間をかけて向かいました。
これから、どんなことが学べるか、自分の人生はどう変わっていくのだろうかとワクワクしながら『SLに牽かれた列車』に揺られた思い出があります。
卒業後は神戸市の動物園の獣医技師として勤務し、昭和39年(東京オリンピックが開かれた年)に東京都杉並区に『小鳥から象までを診るダクダリ動物病院』を設立しました。
病院の看板にも『小鳥から象まで』と書いたんですよ。
そして、このころから、コンセプトに掲げているのは『ヒューマン・アニマル・ネイチャーを大切にする/人と動物と自然を科学的に大切にする』でした。
その後、たまたま小鳥の医学の研修に来られたハワイ大学の教授、獣医師とのご縁で昭和48年にカンサス州立総合大学獣医科大学の講師として渡米することになったんです。
カンザス州立大学を皮切りに、コロラド州立大、カルフォルニア州立大、フロリダ州立大で客員教授を務めました。
アメリカでは、臨床の教授全員が我々開業医と同様に一般の飼い主さんのペットの診療を行いますから、語学や米国の文化など日々学ぶことばかりでしたね。」
─現在でも、アメリカと日本に大きな違いはあるのでしょうか?
「あります。アメリカと日本では獣医学医療の根本にある考え方からして違いがあります。
アメリカでは、人医学、獣医学領域では共通のバイオメディカルサイエンス(生物医科学)を学ぶことが基本となります。
つまり、バイオメディカルサイエンスがあって、それを人間の臨床に応用するのか、動物の臨床に応用するのか、ということなんです。
ですから、教育システムも異なります。
日本でいう理系の大学に入学して4年間はバイオメディカルサイエンスを理解するための全科目を学び、大学を卒業してはじめて、獣医師になるための獣医科大学(これまた4年間)への受験資格が取れるのです。これは人医学、歯科学も同様で、日本のように高校から直接入るわけにはいきません。
獣医学大学入学後、最後の2年間は大学病院勤め(大学病院そのものが大学)で、実際の各科にわたり、教育訓練を学ぶことになります(大学は365日オープン、すべての臨床科目をローテーションで学び、救急救命、重篤患者のケアは24時間、最低8週の泊まり込み実習が義務付けられている)。
また、医療専門者だけでなく、一般の飼い主の考え方も違います。
私が渡米したころは、日本では言葉は悪いですが、『犬畜生』という言い方が示すように、一般の家庭内で人々がペットと共に暮らすという文化自体がほとんどありませんでした。
片やアメリカでは、『犬猫は慈しむ心を持ってファミリーで共に暮らすもの』という文化が当たり前でした。
日本はやっと現在において誰しもがそのことに気付きはじめた段階ではないでしょうか。
そして、これからより必要になるのが、『人と動物と自然が共に生きて行く』ための正しい知識(=科学)を普及させることだと考えています。
ペットを、ただ心情的にかわいがることは誰でもできます。ですが、『科学的に』かわいがることを知っていただきたいのです。」
―『科学的に』かわいがる、という意味を教えてください。
「例えば、真夏に犬のために冷房をつけてやらない方は少なくありません。
これは、正しい行為ではありません。
犬は人と違い、暑さと高湿度に最も弱い動物であり、対処の仕方が変わります。
こういった『知らないが為に起こる』無知な行動は、夏バテ、悪くすれば熱射病、栄養の偏り、肥満、関節などの病気、ケガなどの悲劇を生みます。
『科学的に』正しい知識を得た上で動物たちと接することが、一般の飼い主にも『動物と共に暮らすということは責任ある飼い主になる』上でとても重要であり、これがペットに対するオーナーの国際的なあり方です。
ただ、全ての方が獣医師・獣医学を目指し、勉強をするわけにはいきません。
また獣医師がすべての飼い主に知識を教えていくわけにもいきません。
それで、私共は獣医師にはクライアント教育(社会教育)、飼い主ファミリーには責任ある飼い主になって頂くためにJ−HANBSという団体を設立したんですね。J−HANBSというのは『ジャパン・ヒューマン・アニマル・ネイチャー・ボンド・ソサエティ』つまり『人と動物と自然を三位一体で科学的に大切にする』という理念・教育の普及を目的に作られました。
人と動物の生きものどうしとしての相互作用を、アメリカではヒューマン・アニマル・ボンド(人と動物の絆)と呼んでいます。
1970年代にアメリカやヨーロッパの獣医学・脳科学・動物行動学・教育学・医学・精神医学者たちの協力によって生まれた新しい科学(自然科学を中心に、人文科学、社会科学がそれぞれの仕切りを取りはらった科学)です。」
―J-HANBS活動に関して、具体的な内容を教えてください。
例えば、動物達とともに暮らすことが子供達の成長にどのような影響をもたらすか、人・犬・猫の脳の発達において社会化期(敏感期)に共に暮らすということがいかに大切であるかを親が知っていれば、子どもや動物への接し方はずいぶんと変わるのではないでしょうか。
そういったことが簡単にかつ判りやすく学べるテキストをバイリンガルで用意しています。
動物介在活動や動物介在教育、動物介在療法(これらをひっくるめて動物介在セラピーと呼んでいる)の内容、脳科学、免疫系の発達、自然・地球環境の保全など、学校の授業にはない分野であるけれども、この地球でみんながよりよく生きていくために、人々が自分の身体で体感・体得し、自分の頭でしっかりと考えて気づくことが学べる内容となっています。
また、学んでいただいたことを日本はもとより世界中に広めるため、HANBインストラクターとして活動できる資格制度も作りました。
現在、マスターインストラクターの資格取得者は全国で約260名ほどになります。
主な活動としては、学校・福祉施設などへ動物を連れたふれあい活動、講演(講義・授業)などです。
J-HANBSとしては特に学校(幼・小・中・高・大・専門)での授業としてテキストを使用したHANB講座の導入に力を注いでいます。
その講師としてJ-HANBSのマスターインストラクターの方々が全国的に、それぞれのコミュニティのために活躍しています。
最近では、いわゆる引きこもりや不登校を体験したお子さんの学校(高校)でのHANB講座は高い評価を受けており、そのような関連支援団体からの引き合いが増えております。
私は、日本全国にヒューマン・アニマル・ネイチャー・ボンド(人と動物と自然の絆)という理念・文化が当たり前となり、幸せな動物と暮らす人々がもっと増え、地球の温暖化=異常気象が落ち着く日まで生涯現役で尽力したいと思っております。」
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