動物の専門家インタビュー

トライアルは正式譲渡へのステップ。じっくり新しい家族を迎える準備を

保護犬・保護猫を迎えたい!という希望者が、初めて犬や猫を飼う場合や先住犬・先住猫がいる場合など、正式な譲渡前に「トライアル」を行うケースがあります。その期間は、短くて1週間、長いところで約1ヵ月程度が目安のようです。

トライアルにおいて注意すべきことは何なのか。保護団体、譲り受けを希望する家族それぞれがどんな心構えでトライアルを行うと、保護犬や保護猫とよりよい出会いが叶うのでしょうか。米国獣医行動学専門医の入交眞巳さんにお話を伺いました。

2022年6月取材)

 

Profile

米国獣医行動学専門医

入交眞巳(いりまじり まみ)さん

 

日本獣医畜産大学(現日本獣医生命科学大学)卒業後、都内の動物病院にて勤務。その後、米国パデュー大学で学位取得、ジョージア大学付属獣医教育病院獣医行動科レジデント課程を修了。アメリカ獣医行動学専門医の資格を保有。北里大学獣医学部講師、日本獣医生命科学大学獣医学部講師を経て、「どうぶつの総合病院」行動診療科 主任・東京農工大学 特任講師。

 

 

 

 

保護犬・保護猫の心に寄り添う

―まず、前提としてトライアルを行う際、保護団体と譲り受け希望者、それぞれの立場で理解しておくべきことは何でしょうか。

 

「トライアルがあくまで正式譲渡を前提としたものであることを理解しておくことが大事だと思います。犬や猫とご家庭で一緒に暮らしてみると、見た目だけではわからなかった性格や生活習慣がみえてきます。すごくおとなしそうな犬や猫が、じつは活発であったり、家族の誰かになかなか慣れなかったりすることも珍しくありません。そうした想像とは違うことがあっても、これから家族として一緒に暮らしていく覚悟を徐々に固めていただく、それがトライアルの大きな目的なのです。

 

元の飼い主さんから手放された保護犬や保護猫は、心に傷を負っているケースが少なからずあります。気軽にトライアルをして返されたのでは、また環境を変えることになり、精神的に負担をかけることになってしまいます。動物はモノではなく心のある生き物なので、そうした事態にならないよう、保護団体はトライアルの意味をきちんとお伝えすること、譲り受け希望者はそれを正しく理解していただくことが大事ですね」

 

―保護犬や保護猫の性格や行動について、譲り受け希望者が理解しておいたほうがよいことはありますか?

 

「まず知っておきたいのは、健康状態です。保護団体では、新しい家族を探す前に医療機関で保護犬や保護猫の健康状態をチェックし、治療すべき疾患があれば治療を、不妊・去勢手術がまだの場合は実施しておくことが多いのですが、病気の状態によっては完治していない場合もあります。トライアルの前に、そこはきちんと確認しておきたいですね。とくに、猫の場合は感染症への注意が必要です。保護団体で最初に検査した結果が陰性であったとしても、数週間、数ヵ月後に発症して感染が発覚するケースもあります。1回の検査でOKだと安心しないようにしてください。

 

トライアルで受け入れる犬や猫が、どんな事情で団体さんのところに来たのかも聞いておいたほうがよいでしょう。保護犬や保護猫は、さまざまなバックグラウンドを持っています。多頭飼育崩壊など、それまで劣悪な環境に置かれ、大事にされた経験のない犬や猫もいれば、大切に飼育されてきたものの高齢や病気など飼い主さんの事情で手放された犬や猫、生まれてすぐに捨てられた犬や猫、野犬や野良猫だったということもあります。

 

たとえば、野犬や野良猫のように外で暮らしていたこの場合は、家の中で暮らすことに慣れていないために、屋外に逃げ出してしまうことがあります。玄関を開けたとたんに外に飛び出してしまったり、なかには網戸を突き破ってしまったりするケースも。とくに猫は換気扇の隙間やほんの少し開いた窓の隙間からでも出てしまう可能性があるので要注意です。慣れていない家から逃げ出したら、自力で帰って来ることも難しいですし、道路に飛び出して車にはねられてしまったらみんなが悲しいですよね。あらかじめ保護犬や保護猫のバックグランドを理解しておけば、そうした事故を防ぐための心構えと環境の整備ができると思います」

 

―そもそも犬や猫はなぜ脱走してしまうのでしょうか?

 

「そもそも犬や猫は人間の2歳児くらいの知能で、学習能力は人間の9歳くらいなのではと考えられています。保護犬や保護猫には、保護される前に住み慣れた場所があったわけですから、慣れていない環境、初めての環境に対しては違う、嫌だと感じるのではないでしょうか。

 

たとえば、幼児が迷子になって『おうちに帰りたい』と泣いているのと同じような感情かもしれませんね。そして、いったん家から飛び出てしまうと、めちゃくちゃな方向に進んでしまい、戻って来ることができなくなってしまうのでしょう。でも、人間に比べたら犬や猫は新しい環境に順応するのが早いと思います。トライアルで迎えた犬や猫が脱走しそうになっても、ショックを受けずにそういうものなのだと理解して、環境に慣れるまで少しゆっくり構えてみてあげましょう」

 

幸せを願うなら焦らない

 ―トライアルで迎えた犬が心を開いてくれるまで、どのくらいの時間がかかると思っておけばよいでしょうか。また、なかなか慣れてくれない犬や猫と上手にくらしていくコツはあるのでしょうか。

 

「トライアルの期間は、1週間から1ヵ月程度が一般的です。でも、その期間内では本当の姿はわからないかもしれません。トライアルの期間中はすごくおとなしかったけど、正式譲渡になってからワガママな性格を出し始めることもあり…。本性が出てくるまでだいたい1ヵ月以上はかかると思います。

 

また、家族の中でお母さんと子供さんには懐いたけれど、お父さんがそばに来ると逃げてしまうなど、家庭内でも慣れ方に違いがでることもあります。男性のいない家庭や静かな環境で育ってきた犬や猫は、体の大きな男性や声の大きな人を怖いと感じてしまうのかもしれませね。また、過去に虐められたり怒鳴られたりといった経験をもっていると、人に心を開くまで時間がかかるでしょう。

 

せっかくトライアルまで進んだのに、『なかなか慣れてくれない→やっぱり自分たちには飼えない→放棄する』という不幸な結果にならないためには、保護団体さんがあらかじめ保護犬・保護猫と譲り受け希望者双方のプロフィールをよく照らし合わせたうえで、ベストマッチングを心がけることが大事だと思います」

 

―トライアル期間中に飼育やしつけの仕方でわからないことや迷うことがあったら、どうしたらよいでしょうか。保護団体に相談すると、不安に思われ正式譲渡してもらえないのではと心配する人もいるようですが。

 

「トライアル期間中にわからないこと、迷うことがあれば、そのつど団体さんに相談したほうが良いと思います。団体のスタッフや預かりボランティアさんは、その犬や猫のバックグラウンドや行動の特徴を把握しているので、どうしたら距離が縮められるか、よい方法をアドバイスしてくれるはずです。

 

また譲渡する団体さん側も、トライアルに出したら期間が終了するまで任せっきりにするのではなく、定期的に連絡をとって犬や猫の様子を聞き、飼い主さんの悩みや疑問に答える努力をしていると思いますよ。なにより大事なのは、保護犬・保護猫が新しい家族のもとで幸せに暮らせることと同時に、譲り受け希望者に動物と一緒に暮らす楽しさを感じてほしいと心から願っているはずですから。そうした相談のなかで、もう少し時間をかけたほうがよいと判断したらなら、当初のトライアル期間にこだわらず、期間を延長してみればよいのです。

 

保護団体さんとしては、1日も早く新しい家族を見つけてあげたいという気持ちから、希望者が不安を抱えた状態であることに気づかず約束のトライアル期間が終わったらそのまま正式譲渡するケースもあるかもしれません。ですが、そうした焦りはのちに返却、放棄につながる不安要素になるのです。保護犬や保護猫たちに幸せになってほしいと願うなら、焦らず、丁寧にサポートすることが大切だと思います。もし、団体さんのなかによりよいアドバイスができる人がいない場合は、動物の行動学の専門家に相談するようアドバイスしてほしいです」

 

―先住犬や先住猫がいる家に保護犬や保護猫を迎える場合、気をつけたほうがよいことはありますか?

 

「まず用心したいのが感染症ですね。先住犬・先住猫、保護犬・保護猫の双方に感染症がないこと、予防接種済みであることを確認したうえで、トライアルを行うことが大事です。

 

そして、先住犬や先住猫と会わせる場合は、いきなりケージを並べるようなことはしないで、部屋のあっちとこっちでお互いの気配を感じさせるだけにし、次第に少しずつその距離を縮めていくなど、焦らずゆっくりお見合いさせるようにします。先住の犬や猫はお父さんの担当、トライアルで迎えた犬や猫はお母さん担当というように、それぞれにケアする人を分けるのもよいでしょう。

 

そして、最初から双方が仲良くなることを過分に期待してはいけません。『先住犬や猫が寂しいだろうから、新しい家族を迎えてあげたい』と保護犬や保護猫を受け入れる方がいますが、必ずしも双方が仲良く暮らせるとは限らないのです。数ヵ月経っても全く距離が縮まらないというケースも。場合によっては、一生部屋を分けて飼育しなければならないかもしれません。その覚悟がもてないのならば、新しい家族を受け入れるのは難しいと思っていただきたいです。とくに野良猫だった保護猫を迎え入れる場合は、先住犬や先住猫と部屋を隔離できる環境が必要です」

 

年齢に応じた育て方が必要

―子犬や子猫を譲り受ける場合に、気をつけたほうがよいことはありますか?成長による行動変容、心と体の発達という観点からアドバイスをお願いします。

 

「親犬・親猫と一緒に保護団体に引き取られたのであれば、親の性格をみることができるのである程度は想像できますが、成長したときに親と同じようになるかはわかりません。育つ環境や経験によって行動変容していきますから。

 

成犬・成猫になったときに人と一緒に上手に暮らせるためには、生後3週齢から12〜16週齢くらいの間に、ほかの子犬・子猫と遊ばせることがよいと思います。犬の場合だと、ここ最近、増えている犬の保育園のようなパピークラスに通わせるのもひとつの方法ですね。いろいろな犬に接触する時間のなかで社会性が育ち、人やほかの動物と一緒に暮らすマナーのようなものが身につくと思います。もちろん小型犬、中型犬、大型犬に限らず、飼い主さんが正しい飼育の仕方を学び、小さなうちに正しいしつけをすることがとても大事です」

 

―シニア犬・シニア猫を新しい家族として迎え入れる際に、気をつけたほうがよいことはありますか?加齢による行動変容という観点からアドバイスをお願いします。

 

「子犬や子猫とは違い、シニア犬やシニア猫の場合は、どんな性格で、どんな生活を好むのか、大まかな傾向がわかっていますよね。今までの生活ができあがっているので、できるだけそのペースを変えないよう迎え入れてあげるとよいでしょう。ですが、若い犬や猫に比べてシニア犬やシニア猫は新しい環境や人に順応するのが早いようです。動物も経験を積むことで包容力が養われるのでしょうか。

 

ただし、多頭飼育崩壊で保護されたシニア犬や猫、繁殖引退犬や猫などの場合は、シニアだからとっても新しい環境や人に慣れるのに時間がかかります。今まで人に大事にされた経験がないと、周囲に対する警戒心が強くなっているからでしょう。そうしたシニア犬や猫の場合は、受け入れる側が焦らず、根気強く接してあげることが大切ですね。

 

そして、いちばん心に留めておかなければならないのが、あと数年でお別れのときがやってくるかもしれないということです。加齢による病気の心配、認知症の心配もあります。今は元気でも近い将来、医療費がたくさんかかるかもしれないし、いずれは介護が必要な状態になるかもしれません。ただ、今は老犬・老猫の介護サービスや一時預かりをしてくれるサービスなど、仮に介護が必要になったとしてもサポートしてもらえる環境がいろいろあります。そうしたオプションを利用しながらでも、最期まで責任を持って育てる覚悟で新しい家族を迎えていただきたいですね」

 

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