動物の専門家インタビュー

保護犬のトリミングは、急がない、無理強いしない。ワンちゃんの気持ちを一番に

保護犬の中には、被毛が伸び放題になっている犬や、汚れがこびり付いた毛が固まって体型すらわからない犬もいます。簡単なシャンプーだけなら保護団体で行えますが、ひどい毛の絡まりがあったり、カットが必要だったりする場合は、専門家であるトリマーさんにケアをお願いする必要があります。
では、一般の家庭犬と同じように、保護犬もトリミングサロンでシャンプーやカットなどのケアしてもらえるものなのでしょうか。保護犬のトリミングの現状について、実際にボランティアとして保護犬のトリミングも行っている渡辺さんにお話を伺いました。

(2022年7月取材)

 

Profile

Grooming space simple オーナーグルーマー
ホリスティックケアーカウンセラー養成講座・グルーミング担当
アンガーマネジメントファシリテーター
渡辺和明さん

 

グルーミングに携わって28年。ラポールグルーミングを提唱。犬に負担のないグルーミングを、論理的かつ最新のトレーニング理論や技術を用いて実践。

また、動物愛護センターでのボランティアトリミング 、略して「ボラトリ」をSNSにて発信。 全国で犬に負担のないグルーミングのセミナーをしつつ、殺処分ゼロへの啓蒙活動を行なっている。2017年にはJBVP(日本臨床獣医学フォーラム)でトリマーとして初の講師を務める。 

 

 

保護犬のトリミングには知識と技術が必要

―保護犬のトリミングは、どこのトリミングサロンでも行ってもらえるのですか?

 

「必ずしもすべてのトリミングサロンが保護犬のトリミング・シャンプーを受け入れているわけではありません。動物保護の活動に賛同し、無償または特別料金で協力をしてくれるサロンがある一方で、有償であっても保護犬のトリミングやシニア犬は受け付けていないサロンがあるかもしれません。

 

私は数年前から定期的に「ボラトリ」仲間と行政の保護施設に行ってトリミングを行う活動をしていますが、自身が運営しているサロンでは予約の空き状況に応じて一般の家庭犬の場合と同じ料金で行っています。保護犬の場合は、長年にわたりシャンプーやカットをされてこなかったケースも多く、毛が絡まってカチカチになっている場合があります。なかには、バリカンで毛をカットしたら、それまで丸々と太っているように見えたワンちゃんが、じつはガリガリに痩せていたということも。固まってゴワゴワになった毛をカットするのには、それ相応の知識と技術が必要なのです。一般のトリミングサロンのトリマーさんがすべてそうした知識や訓練を受けているわけではありませんので、保護犬のトリミングを依頼する際には、事前に犬の状態を話した上で対応してもらえるかどうかを確認したほうがよいでしょう。

 

保護団体さんのまわりに保護犬のトリミングに協力的なサロンがあるかどうか、また個人的にボランティアで行ってくれる人がいるかどうか、日頃からサロンやトリマーさんのSNSなどをチェックして、連携してもらえるサロンやボラトリさんを確保しておくと安心ですね」

 

―保護団体さんから、トリミングを依頼されるタイミングは?

 

「カットが必要ない犬種とくに毛の絡まりなどがひどくない場合は、動物病院で医療チェックを受けてから、トリミングやシャンプーを依頼されます。ノミ・マダニがいる場合はその駆除を行ってから、またほかの犬に感染する危険のある伝染病にかかっていないことが確認できてからトリミングサロンに連れてきていただきます。医療チェックの結果をサロンに伝えていただければ、トリマーさんも安心して保護犬を受け入れることができますよね。

 

ただし、全身の汚れや臭いがひどい場合は、団体さんのほうで洗ってから動物病院に連れて行くこともあるようです。また、毛が絡まり過ぎて皮膚の状態が見えないなど、医療チェックを受けるのに支障がありそうなときなどは、獣医師に診せる前にトリミングやシャンプーを依頼されることがあります。

 

トリミング・シャンプーの流れは、サロンやトリマーさんによって多少異なりますが、基本的にはブラッシング→毛玉や余分な毛のカット→シャンプー(肛門絞り)→ドライヤー→カット(顔のまわりや足まわりのカット)→爪切り→耳掃除。シャンプー前に丁寧にブラッシングすることで、汚れの大半は落とすことができます。ですが保護犬の場合、被毛が伸び放題になって毛が絡まっているために、ブラッシングそのものができない場合もあります。そうした場合は、バリカンで固まった毛を刈り取るところから始めます」

 

 

―ちなみに、保護猫のトリミングの依頼もありますか?

 

「猫の依頼は少ないですね。トリミングサロンも犬専用のほうが多いと思います。もともと猫は自分で毛繕いをするので、シャンプーやカットはあまり必要ありません。長毛種の場合はブラッシング、短毛であれば蒸しタオルで拭く程度でしょうか。ただ、野生化した猫が保護された場合には、人の手で触るのが難しい子が多く、一般のサロンでトリミングを行うのは難しいのではないかと思います」

 

人に馴れさせるのもトリマーの役割

―渡辺さんが保護犬のトリミングを行う際に、心がけていることを教えてください。

 

「一般的に、保護犬は家庭犬に比べて人に慣れていないことが多く、なかなか人に心を開いてくれない場合が少なくありません。極端に人を怖がったり、体を触れようとする人に対して攻撃的な態度をとったりする犬もいます。ですから、トリミングを行う際には、そうした保護犬の精神状態をよく理解したうえで、時間をかけて向き合い、信頼関係を築いていくようにしています。

 

大事なのは、決して無理強いしないこと、犬の目線で考えてあげること。普段から愛情をいっぱい受けているワンちゃんでも、初めて行くサロンでいきなり台の上に載せられたら緊張するものですよね。ましてや、人に大事にされた経験のない犬の場合は、人の手で触れられることすら恐怖なはずですから。

 

私は、家庭犬の場合でも『初回は4〜5時間はかかると思ってください』と飼い主さんにお話しています。なぜなら、最低でも2〜3時間はワンちゃんがサロンや私に慣れるために費やすからです。最初は、ただ同じ空間にいるだけ。そうして少しずつ声をかけたり、おやつをあげたりして、ワンちゃんがこちらに興味を示してくれるのを待つようにしています。

 

とくに、保護犬の場合はいきなり体に触らず、怯えていないか、問題行動がありそうか、体調はよさそうかなどをさりげなく観察します。そうして、私が手にしている道具に興味を示したなら、ブラシやハサミでそっと体に触れてみるのです。また、おやつに興味を示すワンちゃんなら、少しずつ与えて徐々に距離を縮めていきます。優しく声をかけて褒めてあげることも大事ですね。おやつに興味がなくても、声をかけて褒めてあげることで徐々にこちらに近寄ってくれる場合があります」

 

 

―家庭犬と保護犬のトリミング、カットやシャンプーのやり方に違いはありますか?

 

「ブラッシングからカット、シャンプーへという流れは家庭犬も保護犬も同じです。ですが、保護犬の場合はトリミング台に上がることすら怖がる子がいますから、そうした場合は無理に台に載せずに床の上でシャンプーやカットを行うようにしています。

 

そして、つねに声をかけて褒めることで、恐怖心を抱かせないよう心がけています。それでも怖がっている場合や、水を嫌がる場合など、犬の状態によってはブラッシングだけで終わらせ、次回のタイミングでシャンプーやカットをすることも。

 

また、一般の家庭犬は伸びた毛をカットするだけなく、見た目の格好よさを優先にしたカットを行いますが、保護犬の場合はまず清潔で健康な状態を目指し、可能であれば顔回りなどに少し毛を残して見栄えがよいようカットをします。トリマーとしては、やっぱりワンちゃんが少しでも可愛く見えるようにしてあげたいですから。そのほうが里親さんに迎え入れてもらいやすいのではないでしょうか。

 

それから、家庭犬の場合はだいたい月に1度くらいのペースでサロンに通う飼い主さんが多いと思うのですが、保護犬の場合も最初の1回ということではなく、できれば定期的にトリミングを行うことは大事だと思っています。トリマーによるケアは、見た目を整えるだけでなく、人に触れられることに馴れさせるという意味合いもあります。近い将来、新しい家族に迎えられたときに、人と一緒に暮らしていけるワンちゃんにしてあげる。それもトリマーの大事な役割だと私は考えています」

 

事前情報が心を通わすきっかけに

―保護団体さんがトリマーさんに伝えたほうがよいことは何ですか?

 

「まず、保護犬であることと、どんな事情でいつ、どこで保護された犬なのかを伝えてください。事前に獣医師による医療チェックが終わっている場合は、その結果も。団体さんから見て、現在のワンちゃんの精神状態も伝えていただけるとうれしいです。

 

団体さんに保護されるまで、その犬がどんな環境で育ってきたのか、またなぜ保護されたのかを知ることは、トリマーにとってとても有用な情報です。なぜなら、そこに初対面の保護犬へのアプローチ方法のヒントがあるからです」

 

―トリマーさんから保護団体さんに伝えておくことはありますか?

 

「トリマーは、シャンプーやカットの際に直接、保護犬の肌に触れ、目視していますから、医療チェックでは見つからなかった小さな皮膚の炎症やトラブルに気がつくこともあります。そうした場合は、その結果を団体さんから獣医師に伝えていただき、治療の必要性の有無を確認していただくようお話ししています」

 

―元保護犬を迎えられた家族が、初めてトリミングサロンに連れて行く時、伝えて欲しい情報はありますか?

 

「元保護犬であったことはお伝えいただいたほうがよいと思います。どんな状況で保護された子で、今のご家庭にはどんなご縁で迎えられたのか。そうした情報から、他人に触れられることに慣れているのかどうか、恐怖に感じることはどんなことなのかなど、あらかじめ念頭において接することができるので、ワンちゃんと心を通わせることがよりスムーズにできると思います。

 

ただ、最近ちょっと気になるのは、『この子、保護犬なんです』とおっしゃる方がおられるのですが、『保護犬』ではなく『元保護犬』が正解ですよね。マスコミの影響なのか、『保護犬』という言葉がある種ブランド化しているような傾向を感じることがあり、少し懸念しています。以前は保護犬であったとしても、今はご家族の一員。私たちも、最初はワンちゃんの性格や精神状態を理解するうえでバックグラウンドは知りたいのですが、その後はお家族の大事な一員としてケアをさせていただきたいと思っています」

 

 

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