犬・猫を保護したときに気をつけるべき感染症とその対策
犬や猫を保護したときに考えなくてはならないことのひとつに、感染症があります。すでに他の動物がいる保護団体や、自宅で猫を飼っている人が新しく猫を保護した場合、保護した動物が感染症にかかっていないか、かかっていた場合どう感染の広がりを抑えるかは大きな問題です。
そこで今回、猫を中心とした感染症の基礎知識とその対策について、日本大学 生物資源科学部 獣医学科 獣医微生物学研究室 教授の遠矢幸伸先生にお伺いしました。
(2022年6月取材)
Profile
日本大学 生物資源科学部 獣医学科 獣医微生物学研究室
教授 遠矢幸伸さん
1985年 東京大学大学院 農学系研究科 畜産獣医学専攻修士課程修了。同農学部 獣医微生物学研究室の助手となる
1995年 鹿児島大学農学部 助教授
2000年 東京大学大学院 農学生命科学研究科 助教授を経て、2009年より現職
まずは動物から人に伝播する「人獣共通感染症」に注意
犬や猫を保護したときにまず気をつけなくてはならないのは、動物から人へ感染する「人獣共通感染症」です。
このうち狂犬病は過去60年以上、国内では発生していませんが、大変危険で忘れてはならない感染症です。狂犬病ワクチンの接種は法律で義務づけられており、犬については接種の有無を確認することが重要です。
他に、まれではありますが注意すべき人獣共通感染症に、犬の尿などから感染するレプトスピラ症、犬の死体や尿・汚物などから感染するイヌブルセラ症があります。
一方、比較的よくみられるのはパスツレラ症です。犬や猫は無症状でも、高い割合で口の中にパスツレラ菌を持っています。噛まれたり引っ搔かれたりしたときには傷口をよく消毒し、腫れや化膿がみられたら早めに病院に行ってください。
また最近になって出てきた感染症に、重症熱性血小板減少症候群(SFTS)があります。この病気はダニの中にいるSFTSウイルスが原因で、人に感染すると発熱や消化器症状、神経症状、出血症状などがみられます。特にお年寄りでは重症になり、死亡することもあります。
SFTSウイルスはこれまで、人以外の動物に感染しても症状を起こさず、人にはダニから直接感染すると考えられてきました。ところが最近、動物が人と同じような症状を起こすことや、咬まれたり接触したりすることで、犬や猫からも人に感染することが分かってきました。国内では年間60~100件ほど発生しており、この中には犬や猫からの感染例が含まれます。ただし健康にみえる動物であれば、SFTSについてあまり心配しなくてもよいと思います。
このように、犬や猫は人に感染する病原体を持っている可能性があります。保護した場合には、このことを意識し、可能であれば手袋をして動物を触ること、触ったあとには手をしっかり石鹸で洗うことを心がけましょう。
犬や猫が下痢をしていたらパルボウイルス感染症の可能性を考える
人には感染しませんが、知っておくべき他の主な感染症としては、犬と猫のパルボウイルス感染症、猫白血病ウイルス感染症、猫免疫不全ウイルス感染症(猫エイズ)があります。
犬および猫のパルボウイルス感染症は、パルボウイルスにより引き起こされる感染症です。感染した動物では4~6日程度の潜伏期間のあとに発熱や下痢、食欲不振などがみられ、白血球が減少します。下痢をしている犬や猫を保護した場合、最も疑わなくてはならないのがこの病気です。
感染した動物は糞便中に多くのウイルスを排出し、症状が治まったあとも6週間ほどはウイルスを出し続けることがあるといわれています。
一般に、ウイルスにはエンベロープ(外膜)で包まれているものと、包まれていないものがありますが、包まれていないウイルスは消毒に耐性を持つことが知られています。
パルボウイルスはエンベロープを持たないため生存力が強く、非常に消毒しづらいウイルスです。絨毯の上などに残ったパルボウイルスが数ヵ月間生存していても、不思議ではありません。
また、アルコールなど市販の多くの消毒薬では、パルボウイルスをほとんど消毒できません。消毒したい物や場所に糞便などが残っていると、消毒薬の効果はさらに低くなります。
このため感染した犬や猫が使用した物と場所に対しては、最初に糞便などの汚れをよく取り除いてから、塩素系漂白剤(次亜塩素酸ナトリウム)で消毒し、そのあとに水洗いするとよいでしょう。塩素系漂白剤は次亜塩素酸ナトリウムが0.5~1%程度になるよう、薄めて調整します。消毒は、感染した犬猫の糞便がついた可能性がある物や場所を中心に、徹底的に行わなくてはなりません。
また次亜塩素酸ナトリウムとは別の消毒剤で、消毒効果と安全性が高いものとして低濃度次亜塩素酸水があります。私たちの実験では、特殊な生成装置から作られた次亜塩素酸水が、パルボウイルスに対して高い効果を示しました。
パルボウイルス感染症の感染拡大を防ぐには、隔離も重要です。保護した犬や猫で感染が確認されたり、下痢のためこの病気が疑われたりする場合、他の犬猫からは隔離してください。タオルなどを他の犬猫と共有しないようにし、隔離場所に出入りする人はその都度、服を着替えることも必要です。
日本にはパルボウイルス感染症を含む複数の感染症を予防できるワクチンがあります。保護犬・保護猫と同居する犬や猫がいる場合には、こうしたワクチンを接種しておくべきです。
なお、パルボウイルスが犬から猫、猫から犬に感染することはまれですので、それぞれのワクチンを接種していれば、感染の心配はしなくてよいでしょう。
猫白血病ウイルス感染症はグルーミングやケンカで感染する
猫白血病ウイルス感染症の原因となる猫白血病ウイルスは、エンベロープを持っており、パルボウイルスに比べると消毒が簡単です。このウイルスは唾液に含まれますので、感染した猫が他の猫を舐めたりケンカしたりして濃厚接触することで、感染が広がります。
猫白血病ウイルス感染症の大きな特徴として、「持続感染」があります。ウイルスに感染しても、一部の猫は体内からウイルスを排除することができます。しかし猫によっては無症状のまま、体内にずっとウイルスを持っていることがあり(無症状キャリア)、その場合、他の猫を感染させる可能性があります。また無症状キャリア猫の一部では、数ヵ月~数年の潜伏期間のあとにリンパ腫や免疫抑制、貧血など白血病の症状が現れ、余命が短くなります。
保護した猫に症状がなくても、猫白血病ウイルス感染症の検査は必ず行いましょう。動物病院ではこのウイルスの抗原検査と、猫免疫不全ウイルス感染症の抗体検査を一度に行うことができます。
感染症全般にいえることですが、すぐに激しい症状が出る感染症はとても怖い反面、隔離の目安がつけやすく、感染コントロールは比較的簡単です。一方、猫白血病ウイルス感染症は人の新型コロナウイルス感染症と同様、症状がなくてもウイルスが排出されるために予防が難しく、その点では怖い病気なのです。
ただし猫白血病ウイルスの感染力は、それほど強くありません。消毒は比較的簡単で、ふつうの洗剤や石鹸を使った洗浄や、アルコール消毒で十分です。
感染している猫は他の猫から隔離し、食器などの共有を避けた方がよいでしょう。猫白血病ウイルス感染症にもワクチンがあり、同居猫に接種しておけば感染しにくくはなりますが、やはり隔離した方が安全だと思います。
主にオス同士のケンカで感染する猫免疫不全ウイルス感染症(猫エイズ)
猫免疫不全ウイルスもエンベロープを持つため、比較的消毒は簡単です。感染力はあまり高くありませんが、ケンカや交尾によって他の猫に感染することがあります。
猫免疫不全ウイルスも持続感染を起こすのですが、猫白血病ウイルス感染症とは異なり、一度感染するとウイルスが生涯、体内に存在しつづけます。感染した猫では、発熱などの特徴的でない症状が出る急性期を経て、症状のない状態(無症状キャリア期)が数年~10年以上続きます。その後、一部の感染猫では、免疫異常に関連する慢性感染症(歯肉炎や口内炎)、体重減少などの「エイズ関連症候群」が出てきます。
先ほど述べたように、このウイルスに感染しているかどうかは、猫白血病ウイルス感染症と同時に検査することができます。
新しく保護した猫が猫免疫不全ウイルス抗体陽性の場合、あるいは、まだ検査結果が分からないうちは、他の猫からは隔離すべきです。ケンカで感染するため、特にオス同士の同居には注意が必要です。
猫免疫不全ウイルス感染症にもワクチンがあり、接種が勧められます。また他の感染症についても言えることですが、ワクチンを接種しても感染の可能性がゼロになるとは限らないため、猫は室内で飼育しましょう。
猫免疫不全ウイルスの消毒は、猫白血病ウイルスや人の新型コロナウイルスと同様の方法で行えば問題ありません。食器やタオルなどは普通の洗剤で洗い、手指はしっかり洗ったあと、念のため消毒用アルコールをスプレーすればよいでしょう。
隔離・消毒とワクチン接種で感染症をなくしていく努力を
最後に、猫でくしゃみや発熱などの症状を起こすカリシウイルス感染症についても、少しお話したいと思います。
私たちは以前、保護猫シェルターの猫に対してカリシウイルスの検査をしたことがあります。その結果、症状がまったくなかったにもかかわらず、すべての猫がウイルスを持っていることが分かり、大変驚きました。カリシウイルス感染症は、思った以上に蔓延しているようです。
カリシウイルス陽性の猫は無症状でも、ウイルスを持続的に排出しています。その猫が別の場所に移動して他の猫と同居することになれば、そこで感染が広がり、感染した猫には症状が出てしまうかもしれません。このため移動先や譲渡先の猫には、カリシウイルスのワクチンを接種しておく必要があります。
このように、どの感染症についても共通して重要なのは、動物病院での検査と必要に応じた隔離、正しい方法での消毒、そしてワクチンを必ず接種しておくことです。こうした努力により、猫全体からこれらの感染症が減っていくことを願っています。
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