動物の専門家インタビュー

人間と動物が共生する社会を目指して

獣医学部の学生時代、春休みに訪れたアメリカのカリフォルニア大学デイビス校で、「公衆衛生」という分野に進もうと決心されたという山本和弘先生。日本で獣医師免許を取得後、アメリカに渡り、同校で予防医学を学び、修士号および博士号を取得されました。日本に帰国後は、非営利団体(NGO)と臨床医の経験を経て、現在は大学で「疫学」「アニマルシェルター管理学」「動物国際事情」という科目を担当しておられます。山本先生が獣医師として目指していらっしゃる社会、人間と動物との関係についてお話を伺いました。

2020年4月取材)

 

Profile

Kazuhiro Yamamoto

帝京科学大学生命環境学部アニマルサイエンス学科 

准教授 山本和弘さん

 

獣医学博士

専門分野は予防獣医学、アニマルシェルター・メディシン、獣医疫学、人畜共通感染症、公衆衛生

日本獣医生命科学大学卒業後、アメリカ・カリフォルニア大学デイビス校にて修士号および博士号取得

2003年 国際NGOJapan International Food for the Hungry」奉職

2010年 大阪府にて動物病院 勤務医

2017年〜現職

 

生涯のテーマに選んだのは「公衆衛生」

 

―なぜ「公衆衛生」という分野を学ぼうと思われたのですか?

 

「そもそもは、学生のとき臨床獣医師になりたくて外科学教室で学んでいたのですが、大学4年生のときに出会ったのが、カリフォルニア大学デイビス校のDr.Schwabe(シュワビー博士)でした。彼は世界的に有名な獣医師でとくに動物由来感染症の権威者でもありました。彼の研究室はとても広かったのですが、壁一面に大きな世界地図が貼ってありました。先生が取り組んでおられたのは、世界の畜産や動物たち全体の命をどうやって守っていくか、という『疫学』、すなわち『エピデミオロジー』だったのです。

それは、当時、外科学教室で動物一匹一匹を相手に診療を行うことを学んでいた私にとって、新しい概念でした。社会全体の動物の健康をどう守っていくか、社会全体の動物と人間の関係をどのように保っていくかという学問は、当時の日本にはあまりありませんでした。

そもそも、公衆衛生という分野は、社会貢献の度合いが高く、世界的には非常に重要な分野ではあるのですが、日本国内でそのことはあまり周知されていません。日本においては、動物の群全体をみて、この病気をどうするのか、どうコントロールしていくかという視点を持ちにくい環境といえます。

それで私は、日本でまだあまりメジャーでいない分野であるからこそ、自分が学ぶ大きな社会的意義とやりがいがあると考えました。シュワビー博士にも「君は臨床獣医師になるのではなく、この分野をやるべきだ」と言われ、公衆衛生の分野に進もうと決心したのです。

 

―アメリカの大学ではどんなことを学ばれたのですか?

 

「カリフォルニア大学デイビス校では、予防医学を学びました。感染症を中心に動物が集団においていかに病気にならないようにするかが、最大のポイントでした。主な研究テーマは、猫ひっかき病。この病気の免疫学的な反応について、猫の中でどうなっていくのかを研究しました。今非常に有名な猫の白血病とエイズの簡易検査を開発にかかわったDr.Pederson(ピーダーソン博士)の研究室にも入らせていただきました。さらに、遺伝子工学学的なことや、野生動物もやっていました。最終的な目標はワクチン開発だったのですが、病気の発生率が少なかったこともあり、ワクチン開発までには至りませんでした。」

 

獣医師に求められるのは「寄り添うこと」

 

―獣医師としての価値観を左右したご経験についてお聞かせください。

 

「ひとつは、帰国後『Japan International Food for the Hungry』という非営利団体で人道支援に携わったことです。アフリカ、バングラディシュ、インドなど開発途上国のいろいろな所に行き、学校建設を手伝ったり、食料を届けたり、いろいろな開発援助をやりました。困っている人がいれば、そこに行って、その人たちに寄り添い、できることを精一杯やる。そうした毎日が、私に勇気を与えてくれました。」

 

アフリカで教育支援をしていた子どもと山本先生

 

アフリカ 北部キテゥグム 避難民キャンプ

 

 

「そして、もうひとつ、その後の私の考え方に大きく影響を与えたのが、大阪の動物病院で勤務した臨床獣医師としての経験です。

ここは、徹底して地域医療に根ざしている病院でした。9時から12時まで診察して、そのあと手術、そして往診。帰ってきて夕方の診察、そのまま夜8時過ぎまで診察。そこから入院している子の経過観察をする。患者さん一人ひとりに寄り添うことに徹している病院です。休むことの少ない日々でしたが、その経験は、本当に獣医師として大切なことが何なのかを、改めて私に気づかせてくれました。」

 

―今、獣医師に求められていることとは?

 

「まず、チーム医療を。現在多くの動物病院が、獣医師を頂点とするトップダウンなのですが、アメリカは医師も動物看護師も患者さんも同じ位置にいて、真ん中に猫ちゃん、ワンチャンがいる。そうした関係が良い医療を実践するためには必要だと思います。

 

そして、飼い主さんが求めているのは、「寄り添い」なのですね。たとえば、末期の癌の子が病院に来た場合、治療しても先が長くないことを飼い主さんも知っています。そんな時に私ができるのは、飼い主さんとその子の立場を考えて、寄り添うことなんですね。

 

最初の頃の私は、獣医として『この子を治してやる』とすごく意気がっていました。そんな高慢な人間だったんです、私は。

でも、今は違います。今日、治療ができなくても、目に見えて良くならなくてもいい。飼い主さんたちはすごく頑張っておられるんです。飼い主さんに『ここまでよくみてくださいましたね』と言っただけで、涙を流される方がおられます。

治療することが獣医だと思っていましたけど、実は違うんです。

動物たちのもわかっているんです。『この先生はどういう人なのか』と。診察台に上がった時点で、もう見ているんですよ。

獣医師は疾患を治すことが仕事のすべてではありません。動物を真ん中にして、人と人の心が通じ合い、動物も人間も安心できることが何より大事なのです。そのことを、私は地域医療に徹していた臨床の現場で気づかせていただきました。」

 

目指すのは動物福祉に基づいた動物保護施設 アニマルシェルター

 

―海外と日本、ペットに対する考え方は違いますか?

 

「たとえばドイツには、犬や猫をお金を出して買ってペットにする感覚はあまりありません。しかし、日本ではペットショップに行くのが一般的です。動物保護施設(アニマルシェルター)から譲渡してもらって犬や猫を飼うという考えは、まだ少ないのが実情です。

動物の命の価値を経済ベースに載せると、おかしなことになります。どんどんペットがモノ扱いされていってしまうんですね。根幹にあるものは命なのに。

かといってペット産業をなくしてしまうと、今の日本では本当にペットを飼いたい人が飼えなくなってしまう現実があると思います。」

 

山本先生が現地視察したベルリンのティアハイム。猫を愛おしそうに見つめる里親希望者

 

―海外のシェルターを数多く視察された経験から見えてくる、日本の課題は何でしょうか?

 

「環境省が出している平成30年度のデータによれば、ピーク時には1221000頭の犬猫が殺処分されていたものが、平成30年度には犬7687頭、猫30757頭となっています。

今は入口と出口の問題があります。昔は野犬がいて、外で繁殖していましたが、今は野犬はほとんどいません。しかしながら、シェルターはさまざまな所からの持ち込みと保護で飽和状態。行政での殺処分数はゼロになっているかもしれませんが、民間の保護施設にはたくさんの犬や猫が送られているのが現状でしょう。

このままいくと、民間のシェルターはパンクしてしまうと思います。入り口でセレクションをかけずに、実際にむやみやたらに引き取りを行ったアニマルシェルターが多頭飼育崩壊をしてしまった例もあります。」

 

―海外のシェルターで今後の参考になるところはありますか?

 

「ドイツやポーランド、イギリスなど、いろいろな国のシェルターを見ましたが、ひとつとして同じものはありませんでした。

ドイツのアニマルシェルターの人には、『もし日本でシェルターをやるとしても、ここの真似をしないでね。真似をしたら100%失敗するからね』と言われました。なぜなら、文化背景が違うからです。ドイツとアメリカとでも違うのに、アジアの文化とは絶対に異なるからと言われました。

私が目指しているのは、動物福祉に基づいたアニマルシェルターです。日本でも、今も一生懸命やってくださっている方たちがいるのですが、もっと動物福祉という観点から見た時の理想の状態に近づけていく必要があると思っています。

たとえば、衛生面。今のシェルターはギリギリの状態でやってくださっているので、やむを得ない部分もありますが、衛生学の観点で小さなことから改善できる余地はまだまだあると思います。」

 

ミュンヘンにあるティアハイム

 

猫たちの生態に配慮したティアハイム内部

 

目の前にある命を救うために、今、何ができるか

 

―先生が今取り組まれている研究について教えてください

 

「今、私は『ペットを飼うと長寿になる、ペットを飼うと病気になりにくい』という研究に携わっています。犬を飼うと医療費の削減になるという結果が、オーストラリアから発表されています。そうすれば、減った医療費を福祉に回せると思うのです。シェルターに保護されるような子たちを飼うと、そのことによって人は健康になり、国家予算のうちで何十兆円も使っている医療費を削減して、それを年金に当てるとか。そのくらいダイナミックな転換をしないと、福祉予算や保護動物の問題は解決しないと思います。」

 

―先生が、日頃、学生さんたちに伝えていらっしゃることは?

 

「私たちが関わる中で、今日生きることのできない命と、自分にしか救うことのできない命とが必ずあります。これを私は臨床の現場で常に思ってきました。私がもし関わって救うことのできる命があるのなら、私はすべてのことをやる、と決めました。

一人で多くの命を救うことはできないのです。人道支援をやっている時も、そのことを痛感しました。アフリカに行ったとき、私はエイズでなくなった人間の子どもの遺体を越えたんです。あれほど悲しいことはありませんでした。自分が救えなかった命です。

やはり、一人で多くの命を救うことはできないのです。でも、一人がひとつの命を救うことはできるのです。この世に行き場を失った一匹の命のために、私たちは今日何ができるのでしょうか。私は、常に『今日はどの子?』と、いつも自分に問いながら歩んでいます。そして、学生たちにも『今日、そして今、何ができるのだろうか。』と常に問いかけています。」

 

―読者の人へメッセージをお願いします

 

「ロンドン市内にある、長い歴史のあるアニマルシェルター『バタシー』に書いてあったことで私が感動したことがあります。それは『A Battersea pet will rescue you too(バタシーにいる子は、あなたをも救うのですよ)』。これこそ、動物福祉の根幹かもしれないと思いました。動物福祉といって、動物たちを救うことばかり考えてやっていますが、でも真理は、人と動物の共生。シェルターにいる子たちが、私たちをも救ってくれるのです。」

 

左側には Our dogs and cats need to be rescued. 右側にはA Battersea pet will rescue you too. まさにその通り!

 

「今、求められているのは、人と動物が共に生きる社会づくり。動物愛護や動物福祉の根幹にあるものは、決して難しいことではないのです。人が人としてどう生きるか、動物が動物らしさを保ちながらどう生きて、共にどう仲良く生きられるか、そういう社会づくりを一緒に目指していきたいですね。」

 

 

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