Vol.8 漫画家 みやうち沙矢さん
人生を変える犬の素晴らしさを、漫画を通して伝えたい
アニドネでは、さまざまな分野の第一線で活躍する方へペットとのスペシャルな関係をインタビューしています。今回お話を伺ったのは、漫画家のみやうち沙矢さん。
新米ドッグトレーナーの成長ストーリーを描いた漫画『DOG SIGNAL(ドッグシグナル)』は、幼い頃から大の犬好きで元トリマー、現在もスタンダードプードルの愛犬と暮らす、みやうちさんの体験や犬たちへの愛情がたっぷり込められています。みやうちさんが漫画『DOG SIGNAL(ドッグシグナル)』を通して伝えたい思い、先住犬や愛犬との暮らしについて伺いました。(2023年8月取材)
「犬と暮らしたい」一心で、トリマー資格を取得
-みやうちさんは、漫画家になる前にトリマーの資格を取得されていたと伺いました。トリマーを志したきっかけを教えてください。
「物心ついた頃から犬がいる生活で、とにかく犬が大好きでした。一番古い記憶だと、実家でペロという雑種犬を飼っていて。兄妹のようにずっと一緒に過ごしていたのですが、亡くなってしまい…。その後もずっと犬と暮らしたいとせがむ私に、両親は反対していたので迎えられずにいました。『死んじゃったら可哀想だから』という気持ちがあったみたいです。
それでも犬と暮らしたい気持ちが諦められなかった私は、『犬に関わる仕事に就いたらいいんだ!』と思ったんです。小学生の頃にトリマーという職業があることを知り、それ以降ずっとトリマーを夢見ていました。高校卒業後、念願叶ってトリマーの養成学校に通い、無事に資格を取得。トリミングサロンでアルバイトの経験もしました」
-犬が好きすぎるあまり、トリマーになられたんですね!でも、そこからなぜ漫画家に?
「犬という生き物を取り扱うのは想像以上に大変なこともありましたが、飼い主さんたちが綺麗にカットされた我が子を見て喜んでくれる姿を見て、やりがいを感じていました。何より大好きな犬に囲まれて毎日幸せでしたね。
でも、当時人間関係が思うようにいかず、モヤモヤもあって。昔からイラストを描くのは好きだったので、そのモヤモヤとか違和感を漫画にしてみたんです。とはいっても、趣味で犬のイラストを描いては友人に見せるくらいで、まさか仕事にしようなんて思ってはいませんでした。
そんな時、『せっかく描いたし、誰かに見てもらいたい』と思い、ある漫画雑誌の漫画投稿ページに応募してみたら、なんとデビューに近い準セミナー賞に入賞。研究費をいただきながら漫画家デビューを目指す『研究生』にも選んでいただきました。自分が一番びっくりしましたね(笑)」
-人生で初めての漫画投稿で受賞とはすごいですね。とはいえ、トリマーの夢を手放して、漫画家になるのは勇気のいる選択だったのでは?
「そうかもしれません。ちょうど専門学校卒業のタイミングで、漫画家デビューの知らせが舞い込んできて。二度とないチャンスだし挑戦してみようかなって。
トリマーは資格を持っているから、またチャレンジする機会はきっと来ると思ったんです。小さい頃からずっと犬に関わる仕事がしたいと思っていたのに…。人生はどう転ぶかわからないですね」
-ちなみにその間も、犬と暮らすことは叶わなかったのでしょうか?
「実はブリーダーをしている叔父が、私の“犬愛”の強さに根負けしたようで、高校卒業のお祝いにプレゼントしてくれたんです。シェットランド・シープドッグの男の子で、『マーシー』と名付けました。この子が、私にとって最初の愛犬です。
その後、学校でショーカットを施されたトイプードルを見て、外見の美しさに魅了されて。活発で人懐こい性格の可愛らしさにも惹かれ、トイプードルもお迎えしました。そこから私のトイプードル好きが始まるんです(笑)」
「犬の漫画が描きたい」諦めきれなかった犬への思い
-漫画家としてのキャリアをスタートされたみやうちさん。犬をテーマにした漫画『DOG SIGNAL(ドッグシグナル)』を描くことになった経緯を教えてください。
「漫画家デビューをしてからも、『犬に関わる仕事がしたい』という思いは捨てられなくて…。連載のかたわら、編集者さんに企画を提案し続けていました。でも、当時私が描かせてもらっていたのは少女漫画が中心のコミック誌。『犬が主役の漫画は売れないから』となかなか企画は通りませんでした。だから、恋愛漫画に無理やり犬を登場させたり(笑)。
そんな中でも、初めて犬の漫画を執筆させてもらったのが、短編読み切りの『追憶(おもいで)のラッシュ』でした。その後、盲導犬の成長を描いた長編読切三部作『永遠のウィズ』、セラピードッグを描いた読み切りシリーズ『キミノココロボクノココロ』、トリマー女子高生の恋愛漫画『あたしとハサミは使いよう』を執筆しましたが、条件は全て『恋愛絡みのストーリー』であることだったんです。なので犬の漫画の連載執筆は叶いませんでした。
それが、株式会社KADOKAWA編集者の宮内さんと出会って。私が持ち込んだ企画を見て、『もっと犬を全面に押し出した、犬が主役の漫画を作りませんか!』と言ってくれたんです」
-まさに運命の出会いですね!
「今までそんなことを言ってくれる編集者さんに会ったことがなかったから、信じられなくて、数秒フリーズしていましたね(笑)。実は当時、『これで犬の漫画が描けないなら、もう漫画家をやめようかな』と思っていたくらいだったので。
頭にストーリーの構想はあったから、家に帰って大急ぎで1話のプロット(下書き)を描き上げて、持っていきました。たしか一週間くらいの短期間で描き上げたのかな。そこから『DOG SIGNAL(ドッグシグナル)』の連載が決定しました。私の漫画家人生で、もっとも幸せな瞬間でしたね」
犬は犬らしく。『DOG SIGNAL(ドッグシグナル)』で伝えたいメッセージ
-『DOG SIGNAL(ドッグシグナル)』は、主人公の佐村未祐(さむら・みゆ)が丹羽眞一郎(にわ・しんいちろう)との出会いを機に一人前のドッグトレーナーとして成長していく物語ですが、このストーリーはどのようなところから着想を得たのでしょうか?
「実は、未祐と丹羽には、私自身を投影しているんです。私は昔、自分の犬とコミュニケーションが取れず困っている飼い主さんを見ると、『もっとこうしたらいいのに…』ともどかしく感じることが多くありました。
でも、私自身も犬との暮らしに悩んだり、『もっとこうしてあげたらよかった』と後悔したり…。そうして経験を重ねるうちに、飼い主さんたちの心情に寄り添えるようになりました。だから、敏腕ドッグトレーナーだけど人とのコミュニケーションが不器用な丹羽は、若い頃の私そのものなんですよ。未祐は私自身の性格とちょっと似ているところがあるかな。
サンジュとウルソンは、15歳になるスタンダードプードルの坊ちゃんと、今年7月に15歳でお空に還ったトイプードルの兄くんがモデルです。二人とも、見た目も性格もそっくりなんですよ」
-各話で登場する飼い主たちのエピソードも切実かつリアルで、考えさせられるものがありました。
「各話のエピソードは、私自身の歴代の犬たちとの思い出や兄くん、坊ちゃんとの暮らしで気づいたこと、あとは散歩やドッグランで出会った犬友さんたちから聞いた相談や悩みごとをもとにしています。
6話で耳が聞こえない柴犬と漫画家のストーリーを描いたのですが、これは以前坊ちゃんが難聴になってしまった出来事をベースにしているんです。今は良くなって、聴こえるようになったんですが、当時は私もすごく焦って、坊ちゃんのための手話を作ったりして…。そのリアルな感情や体験を描いてます。この話は特に、SNSで『泣けた』と大きな反響があって、私にとっても思い出深いエピソードです」
-みやうちさんが『DOG SIGNAL(ドッグシグナル)』を通して伝えたいことはどんなことでしょう?
「犬は犬らしく。そして、人が変われば犬も変わるということです。
犬を可愛がっているつもりでも、実は犬にとっては迷惑なことかもしれない。本当に犬の幸せを考えるなら、犬が持つ本来の特性や性格をしっかり理解して接してあげるのが一番大切なんです。本当は、問題のある犬なんていません。飼い主が正しい知識を身につけて愛情を持って接すれば、犬はきちんと応えてくれる。そう思っています。
今、犬と暮らしている人はもちろん、これから犬をお迎えしたいと考えている方には、ぜひ犬という生き物についてきちんと知識を身につけてほしいなと思います」
-『DOG SIGNAL(ドッグシグナル)』はアニメ化も決定するなど反響も大きいと思いますが、みやうちさんのもとにはどんな声が届いていますか。
「飼い主さんたちからも『勉強になった』『考えさせられた』とたくさんコメントをいただきますし、『いつか犬をお迎えする時のために』とご家族で読んでいただいているという声も励みになりますね。本当に描いて良かったなと。
あとはドッグトレーナーや獣医師さんたちも『参考になるから読んだほうがいいよ』と勧めてくださっているみたいで。犬を取り扱うプロの方に評価していただけるのは、純粋にすごく嬉しいです」
死ぬまで犬の漫画を描き続けたい
-現在のみやうちさんと愛犬との生活についても教えてください。
「今は、スタンダードプードルの坊ちゃんと二人で暮らしています。同い年で坊ちゃんとも仲の良かったトイプードルの兄くんは、晩年メラノーマという悪性腫瘍と闘っていました。医者から宣告された余命を超えて、最期の瞬間は私の腕の中で倒れ込むように亡くなって…。あんなにかっこいい生き様を見せてもらって、もう私には悔いはないですね。
それに、兄くんは『DOG SIGNAL(ドッグシグナル)』のサンジュの中に生き続けていますから。サンジュが漫画の中で生き続けてくれることが、私の救いでもある。これからも、兄くんの思い出とともに、坊ちゃんが天寿をまっとうするその時まで、精一杯愛情を注いでいきたいです」
-みやうちさんにとって、犬は人生そのものなんですね。
「そうですね。物心ついた頃から犬が大好きで、トリマーになって、犬の漫画が描きたくて漫画家になって。犬がいない人生は考えられないんです。今までもこれからも、犬は私の心の支えであり、かけがえない宝物。
これからもっと犬について勉強して、私が学んだ知識を漫画を通して伝え続けていきたいです。死ぬまで犬の漫画を描けたら、こんな幸せなことはないですね」
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