犬猫のブリーディングを行っているのは人間。だから人間が遺伝性疾患を減らせるはず
美しい模様の毛色、芸術品のようなシルエット、かわいい短足や折れ耳ー純血種の犬猫は、私たちを虜にする魅力を持っています。
このような外見を作っているのは、犬や猫たちがそれぞれの親から受け継いだ遺伝子です。
その一方で、こうした遺伝子の中には、重大な病気(遺伝性疾患)や障がいを引き起こしてしまうものがあります。
遺伝性疾患にはどのようなものがあるのでしょうか。また、どうすれば遺伝性疾患を減らすことができるのでしょうか。
長年、遺伝学の研究と臨床に携わり、対策の必要性を訴え続けていらっしゃる奈良県葛城市 新庄動物病院の今本成樹先生にお話を伺いました。
(2024年4月掲載)
Profile
奈良県葛城市 新庄動物病院 院長
獣医師 今本成樹(いまもと しげき)さん
帝京科学大学非常勤講師。PennHIP認定医(アメリカ)、WUSV認定レントゲン実施獣医師(ドイツ)。ねこ医学会(JSFM)認定 CATvocate(猫の専任従事者)。防災士。
2000年に北里大学獣医畜産学部獣医学科を卒業後、大学院研究生として東京大学農学部生命科学科に在学。勤務医を経て、2002年2月に新庄動物病院を開業。獣医関連の学会誌、情報誌に遺伝性疾患に関する投稿を行うともに、学会・研究会、各団体、小学校などにおいて遺伝性疾患や動物愛護、命の問題に関する講演を数多く実施している。
大学時代をともにした犬の眼が研究のきっかけに
—先生は長年、犬猫の遺伝性疾患について研究されていると伺いました
「はい。たとえば、ミニチュアダックスフントが日本でブームになったころ、進行性網膜萎縮症(PRA)という、失明につながる遺伝性疾患が多くみられ問題となりました。私は当時、ブリーダーさんと協力してダックスフントを400頭ほど集めて眼底検査を行い、網膜の血管が年を取るにつれどのように変化するかを明らかにしました。
また、ミニチュアダックスフントの『ダップル』(そのほかの多くの犬では『マール』)と呼ばれる大理石模様の毛色は、『マール遺伝子』によって作り出されます。しかし、この遺伝子は眼や耳、心臓などに悪影響を及ぼすことから、ダップル(マール)どうしのブリーディングは危険だと考えられています。私も、様々な毛色のロングヘア―ミニチュアダックスフントの眼底を検査する研究を行い、マール遺伝子を持つダップルの犬では共通して、タペタム(網膜の後ろにある反射板)が見えなくなっていることを確認しました。つまり眼底の観察によって、マール遺伝子に関連する危険なブリーディングを避けられる可能性があることが分かったのです1)」
—「隠れマール」と呼ばれる犬についても研究論文を執筆されていますね
「犬の中には、明らかなダップル(マール)の毛色でないにもかかわらず、マール遺伝子を持つ『隠れマール』がいます。この場合は毛色で判断できないことから、意図しない子犬を作り出す原因になっています。実は、私が大学時代に保護して飼っていた犬が、この隠れマールでした。
この犬は雑種犬だったのですが、半分青い、変わった色の眼を持っていました。そこで当時アメリカから来日していた眼科の先生に相談したところ、『将来この犬が亡くなったら眼の組織をくれないか』と言われました。先生がなぜそれほどの興味を示したのかが気にかかり、私は自分で眼底カメラを買って、犬の眼について調べ続けました。その結果、自分の犬が隠れマールであることや 2)、マール遺伝子とタペタムとの関係を発見することができたのです。
このような研究や、臨床獣医師としての様々な経験を通して、私は日本の犬猫の遺伝性疾患について深く憂慮するようになりました。そこで2008年と2022年の2回にわたり、日本獣医師会雑誌で遺伝性疾患への対策を促す提言を行いました 3.4)。現在は、獣医師向け総合情報誌で遺伝学に関する原稿を連載したり、様々な学会やセミナーで遺伝性疾患について講演しながら、対策の必要性を訴えています」
遺伝性疾患はなぜなくならない?
—ミニチュアダックス以外にも、犬猫には多くの遺伝性疾患がありますね
「そうですね。オーストラリアのシドニー大学は、犬猫を含む動物の遺伝性疾患に関する情報を世界中から収集し、OMIA(Online Mendelian Inheritance in Animal)というデータベースを作ってWEB上で公開しています(https://www.omia.org/home/)。このサイトでは年々データが増え続けており、私も読むのが追いつかないほどです。先ほどご紹介した遺伝学の原稿はここの情報を参考にしているのですが、連載が50回を超えても、まだまだ話題は尽きません。
たとえば、ウェルシュコーギーにみられる変性性脊髄症(DM)、ジャーマンシェパードやレトリーバーなどでよく起こる股関節形成不全症も、遺伝子が関わる疾患です。また、私の病院に来るウエストハイランドホワイトテリアは必ずと言ってよいほど皮膚病を持っているのですが、このうち原発性脂漏症は遺伝すると考えられています」
—猫については、スコティッシュフォールドの軟骨の障がいが有名です。このため、オランダではスコティッシュが繁殖禁止になったと聞きます
「骨軟骨異形成症という、軟骨の形成が上手くいかなくなる病気ですね。スコティッシュフォールドは、ここ何年も日本で大変な人気になっている猫種です。しかし折れ耳のスコティッシュでは、重症度は異なるものの、必ず骨軟骨異形成症を発症するといわれています 5.6)。実際、私が過去に関節のレントゲンを撮った折れ耳のスコティッシュは、すべてがこの疾患を持っていました。スコティッシュの飼い主さんが支払う関節炎の診療費(1年間の平均)は、他の猫種の1.3倍になるという調査結果もあります 7)。
つまり折れ耳のスコティッシュフォールドは、かわいい外見が重要視されるがゆえに、生きていく上で不利な形を持って生まれてくる猫なのです」
—外見重視が遺伝性疾患を増やしているともいえますね。最近は純血種どうしのミックス犬も多く作られています
「純血種どうしであっても、この組み合わせなら病気になりづらい、というブリーディングならばよいと思います。しかし『デザイナードッグ』と呼ばれるように、外見だけを重視したブリーディングについては懸念しています」
—ペットショップなどで「遺伝子検査済み」として販売されている犬猫もいますが、こうした試みは、遺伝性疾患をなくすことにつながらないのでしょうか
「遺伝子検査で将来の疾患が予測できるのは、その疾患になる犬猫のごく一部である場合があります。関与する遺伝子がたくさんある疾患に関して、現時点で検査ができる1つの遺伝子だけに異常がみつからなかったとしても、安心とは言い切れません」
「生み出すとき」と「飼うとき」のコントロール
—遺伝性疾患を減らすためには、何をすればよいでしょうか?
「まずはブリーダーさんが親となる犬猫の遺伝子検査を行って、異常を持たない親を用いたブリーディングを続けていけば、家系がコントロールできて遺伝性疾患は減っていくと思います。そうすれば、いずれ子どもの遺伝子検査は不要になるのではないでしょうか。
また、現在日本では犬猫がブリーダーさんからペットショップ、ペットショップから購入者へと渡ることが多く、高齢になって遺伝性疾患が出ても、その情報がブリーダーさんまで遡っていかないことがあります。遺伝性疾患に関する情報を、飼い主さんからフィードバックしてもらう仕組みが望まれます。血統書を利用して、犬猫の種類別に、何の病気が何歳で出たかをまとめた家系図を作成することができれば、遺伝性疾患の減少につながります。
ブリーダーさんの中には、たとえば毛艶がよく無駄吠えせず、かつ将来も健康で長生きする犬の家系を見抜けるような、素晴らしいスキルを持つ方がいらっしゃいます。しかしそうした『眼力』は、皆が持つことのできるものではありません。これからは、データやエビデンスを知ったうえでブリーディングを行うことが重要だと思います。シドニー大学のデータベースのように、日本でも遺伝性疾患に関するデータを集約していく努力が必要です」
—飼い主が心がけることはありますか?
「犬や猫を飼う前に、遺伝性疾患について勉強していただきたいと思います。また、遺伝性疾患の中には、遺伝子だけでなく環境要因に影響を受けるものもあり、その場合は飼い方が重要になってきます。
たとえばラブラドールレトリーバーなどにみられる股関節形成不全症については、スリムな体形を維持することで発症や重症化を減らすことができます 8.9)。飼い主としては、後ろ足に負担がかかることを防ぐために体重をコントロールする、後肢で立ち上げることをなるべく抑制する、などを心がけるとよいでしょう。
小さいころから犬が欲しくて、やっと念願が叶い、吠えたり言うことをきかなかったりしても、それはそれで楽しくてーという飼い主さんは多いのではないでしょうか。毎日を楽しく過ごさせてもらっているお礼として、動物の行動を理解し、信頼関係を作り、愛情を与えて、健康を管理してあげてください。そしてもし病気になったら、最後まで責任をもって面倒をみてください」
デザインを求めるのか健康を求めるのか—遺伝性疾患を減らすのは私たち
—ブリーダーも飼い主も、変わっていく必要がありますね
「私は遺伝性疾患などの病気で苦労して生きている動物たちを診療したり、被災動物の救済や調査に関わったりしながら、命って何だろうとずっと考えてきました。遺伝子は生命の設計図であり、そこに刻まれた情報はほぼ変えることができません。遺伝子の情報に基づく体の特徴や病気になりやすい体質などは、一生続くのです。獣医師として『これは遺伝性疾患なので治りません』と宣言するのは、とても辛いことです。
犬猫の形のデザインだけを目的としたブリーディングが行われ、遺伝性疾患がなくならないのは、今の社会に珍しい形、オリジナルの形を求める風潮やニーズがあるからです。では、飼い主側が形だけではなく、健康を求めるような風潮を作っていけばどうでしょう? これは消費者の意識ひとつですよね。
犬猫のブリーディングを行ってきたのは人間です。ですから、人間の努力で遺伝性疾患を減らすことができるはずです。努力してみる価値はあると、私は信じています」
出典:
2) 今本成樹ほか. ミニチュアダックスフントで確認されたSILV遺伝子へのSINE insertionを有した雑種犬の1例. 動物臨床医学2011; 20(1): 1-5.
3) 今本成樹. 意見(構成獣医師の声) 小動物の遺伝性疾患に関する考察. 日本獣医師会雑誌 2008; 61(10): 753-758
4) 今本成樹.小動物臨床獣医師から見た遺伝性疾患:私と遺伝性疾患の 13 年. 日本獣医師会雑誌 2022; 75(2):73-74
5) Alex Gough, Alison Thomas著、鷹栖雅峰 監訳. 犬と猫の品種好発性疾患 第2版、株式会社インターズー、東京、2012
6) 石田卓夫 監修. 伴侶動物治療指針vol 12 臓器・疾患別最新の治療法33. 株式会社緑書房、東京、2021
7) アニコム 家庭どうぶつ白書2014 第3章 疾患(小分類単位)別の統計. 2. スコティッシュ・フォールドの関節炎