環境省動物愛護管理室インタビュー

環境省動物愛護管理室 長田室長インタビュー

多発する災害、進む高齢化の中で「人と動物が共生する社会」を目指していきたい。

地震、集中豪雨など自然災害に襲われる昨今。
高齢化の問題も人とペット両方に降りかかってきています。
そんな中で、環境省としてどのような課題感をお持ちなのか、2018年7月に新しく動物愛護管理室の室長になられた長田さんに伺いました。

プロフィール

長田 啓(おさだ けい)Kei Osada/1971年生まれ

環境省 自然環境局 総務課 動物愛護管理室・室長
1995年、環境庁(当時)に入庁。環境省本省と日本各地で、国立公園の計画管理、野生生物保護対策等の自然環境行政に従事。生物多様性主流化室長を経て2018年7月から現職。

 

-日本の動物福祉に関してどんな思いをお持ちでしょうか?

『犬や猫の殺処分の数は、この20年間ずっと減少を続けてきています。これは自治体の職員さんやボランティアさんたちが、日々努力をされてきた結果であると思いますし、飼い主さんの意識の向上と法律の改正がその速度を加速させた結果であると思います。
また、環境省が推進してきた「人と動物が幸せに暮らす実現プロジェクト」自体の効果もあったのではないかと考えています。

 

「動物福祉」に取り組むにあたり、いろいろな分野の方にお話を伺ってきたのですが、そこで「難しいなあ」と痛感することがあります。それは、動物と人間の関係のあり方について一生懸命取り組んでおられる方たちが多くいらっしゃる中で、それぞれの抱いているイメージが異なるということです。
本来、動物愛護管理室の立場でいうと、政策というものは目指すべきゴールが共有されているべきで、そのゴールを実現するために今何をすべきかを考え、対策を積み上げてゆくものだと思います。

 

けれども、「人と動物が共生する社会」が具体的にどんな社会なのか。それを明確な形で合意形成するのは難しいですよね。例えば、適正飼育という観点から犬や猫の「室内飼育」や「避妊」を徹底していけば、飼い主以外の方が動物に触れる機会が減っていくことにもなります。自分の家でペットを飼っていない子供さんたちは、身近に生き物に接する機会がないまま大人になっていくわけです。はたしてそれが私たちの目指す社会なのかどうか。人間と動物の適度な距離感とか関わり方をどう考えるのかというのは、すごく難しいけれども大事なテーマ。だからこそみんなが考えを出し合って議論していくことが大切ではないかと思っています』

-災害が頻発する中で、環境省としてペット問題についてはどのように取り組んでおられますか?

 

『環境省としても災害時のペット問題について困っておられる方がいるということを踏まえ、国として何ができるかを検討してきました。災害が起きたときに現場において、行政とボランティアなどの関係団体、飼い主さん、それぞれが何をすべきなのか。そのことを平時から考えておくことが大事だと思っています。

 

そういう観点から、2018年3月に行政の関係者や関係団体向けに『人とペットの災害対策ガイドライン』を作りました。これは以前に作ったものの改訂版なのですが、今回とくに強調しているのは、「同行避難」が大切だということです。ただし、災害時には、必ずしもペットと飼い主さんとが常に一緒に居られるわけではありませんので、飼い主さんとペットが避難所で常に一緒に過ごせることには限定していません。極端な例で言えば避難中はペットだけを自宅や車の中で世話をすることも考えられます。

 

9月には、飼い主さん向けのガイドラインも作りました。サブタイトルは「災害、あなたとペットは大丈夫?」。この中で強調しているのは、「何より大事なのは、自らの安全の確保」。飼い主さんが元気でないとペットのことを守れませんし、ペットのことを優先することでご自身が命を落とすという不幸な事態は避けたいものです。

 

そしてもう一つは、平時から飼い主さんご自身ができることを考えておくことの重要性です。例えば、「しつけ」「ペットフードの備蓄」「家具の転倒防止」「避難所の事前の確認」などですね。今からでも始めるべきことはいくつかあって、代表的なものは「しつけ」でしょうか。「犬が吠えて他の人の迷惑になるから」と飼い主さんが避難所に入ることを遠慮してしまったり、逆にペットがいることで避難所に入ることを断られてしまったりということが実際に起こっています。万が一災害にあったとしても、飼い主さんとペットが苦労を最小限に抑えて安全かつ健康に暮らせるよう、災害が多発しているこの時期に「今何ができるか」を考えていただきたいと思っています』

-人と動物の高齢化については、どのようにお考えでしょうか?

 

『自治体が犬や猫を引き取った理由を分類しているのですが、多いのは「健康上の理由」や「死亡」、そして「経済的な理由」「多頭飼育崩壊」ですね。経済的な理由というのは、単に収入が途絶えたという事情だけでなく、ペットが病気になってしまい、医療費を支払いきれなくなったということもあります。人間と動物、両方の高齢化問題と言えるでしょう。

 

すごく悩ましいジレンマなのは、ペットを飼うことの飼い主にとっての意義を考えると、一人暮らしの高齢者の方こそペットと一緒に過ごすことによってたくさんの幸せを受け取っているわけですが、そういう人ほどこの問題に直面する可能性が高いということです。行政も譲渡するときには、どうしても高齢者の方に譲渡することを躊躇せざるを得ない状況があります。「人と動物が共生する社会を目指していく」上で、すごく難しくて悩ましい問題です。これについては、行政としてできることには限界があると思っています。

 

また、引き取り理由の一つである「多頭飼育崩壊」の問題については、社会福祉問題と連携して解決できないかと考え、平成30年度から「社会福祉施策と連携したペット適正飼養対策事業」に着手しています。現在行っているのは、各自治体や海外での事例収集。それですぐに解決策が見つかるような簡単な問題とは思いませんが、まずは事実をちゃんと知っておくことが大事だと考えています』

 

-「動物愛護」をめぐる今後の課題について教えていただけますか?

 

『私は現在の部署に移動する前に、隣の部署で「生物多様性の主流化」を担当していました。その時の話と動物の話が似ているなあと思ったことがあります。それは、消費者の意識が問題なのか、事業者の意識が問題なのかということです。消費者がそこまで成熟していないから、事業者がこうなんだという議論が出てくるんですが、それは実際にはお互い様で、どちらも高め合っていくという関係性が大事なんだろうと思います。

 

中央環境審議会の動物愛護部会でも、動物愛護をめぐる主な課題を議論しているのですが、大きなテーマは「飼い主責任」と「行政のあり方、行政と民間の連携のあり方」「動物取扱業に求められる役割と今後のあり方」などです。
法律による規制は最低限のレベルをコントロールするためにあるものだと思うのですが、社会全体が健全になっていくためには、それぞれが努力をしていくことが大切と思いますね。規制のレベルギリギリでやっている人たちもいるかもしれないですけど、それでいいんだということではなく、それぞれの立場で望ましい活動を進めていただきたいと思います。

 

同時に、頑張っている人を応援してあげることも大切なのではないでしょうか。問題のある飼い主さんや事業者が動物たちを苦しめているのは事実としてあるのですが、よくないところを見つけてきてやり込めることに集中するあまり、頑張っている人たちが目立ちにくい現状があるのは残念だと思います。業界の中でもちゃんとやっているところが注目されるようになるといいですね』