STORY with PET ストーリーウィズペット

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母と犬

To:パフェ

From:北出 陽子

私が小学生の時、住んでいた団地にお腹の大きな白い迷い犬が来ました。 私はその犬にハッピーと名付け 学校から急いで帰り夜まで一緒に過ごしていました。 その日も急いで帰ると、もうすぐ赤ちゃんが産まれそうなその犬がいません 毎日泣きながら探しましたがどこにもいません そんな私に母が、ハッピーは保健所へ連れていかれたらしいと、教えてくれました 保健所へ行きたい、ハッピーを助けてと懇願する私に母はとても困った様子でしたが ある日、母は子犬を貰ってきたのです。 私を慰めようとしてくれている事は子供ながらにわかりましたが、しらばくして 龍くん好きになった?と母に聞かれた時 私は、ハッピーの方が好き!と答えてしまいました あの時の母の悲しそうな顔は今でも忘れません けれど、龍くんの事もとても可愛がりました 本当は龍くんの事も大好きでしたが 私の中でハッピーの事を忘れたくない気持ちが強かったのだと思います その後、私達は一戸建てに引っ越しをし 母は取り憑かれたように迷い犬や捨て犬 飼えなくなったという犬を引き受けお世話をするようになりました 私もお世話をしていましたが、年頃になり友達と遊んだりアルバイトで忙しくなると 犬にかまう時間は少なくなっていきました その後も母は犬を保護し続け多い時は20頭以上のお世話をしていました 朝晩全部の犬を散歩に連れていき犬のことしか考えていないような母に父はいつも怒っていましたが、私や兄は犬が好きなので、せめてもと餌代や病院代は出すように母を手伝っていました そして私は結婚し家を出ました 3人の子供に恵まれ、やはり私も犬を飼うことにしました 白い犬です。 パフェと名付けた白い犬は、働く私の子供たちの寂しさを埋めてくれました 心臓が悪く11歳で息を引き取ったパフェを子供たちが涙で見送ってくれた時 パフェのお陰で優しい子達に育ったよ ありがとう。と何度もパフェにお礼を伝えました 母は末期癌で闘病しながら犬達をたくさん見送り続け、不思議なことに母が退院して帰る度に待っていたかのように犬が旅立って行きました 母が亡くなる前日 お母さんは今何がしたい?と聞くと お母さんは、ムツを見送らないとね。あの子で最後だから。それが最後の会話です 母は次の日、危篤になり息を引き取ると 数日後ムツも母の後を追うように旅立ちました きっと母が迎えに来たんですね

一緒に暮らそう

To:薄茶

From:クックロビン

昨年の春、我が家の庭でご飯を食べている地域猫を遠くからキミは見ていたね。突然現れたクリーム色の薄い茶トラの男の子。近寄ると逃げてしまい、カリカリを置いてあげたら人の気配がなくなってから食べていたね。 それなのに10日もしないうちに、玄関ドアが開く音ですっとんできて足元にスリスリ·お腹見せゴロンの猫になったキミ。玄関を開ける度にご飯をおねだりするから、ガリガリだった身体もあっという間に大きくなって行き、梅雨どきは温室棚の中で雨をしのぎ、夏場は植え込みの木陰で涼をとり、冬は段ボールハウスに迷いもなく入居していたね。でもネズミのお家賃はいらなかったかなぁ。 春の盛りが来る前に去勢手術を···と家人と話していた矢先、度々大きな喧嘩傷を作ってくるようになり、年末に3度目の怪我でぐったりしていた所を保護して、通院して、そのまま家に迎えることを決意したけど、キミにとっては迷惑な決意だったかな? ウーシャーもないし、パンチもない。 トイレも一発で合格したし、ちょっとマーキングはしちゃったけど去勢後は大丈夫だし、家猫の素質はバッチリなんだけど、キミはお外に出たかったんだよね。 1日中鳴いて泣いて、疲れて寝て、起きては鳴いて声も枯れて··· 1ヶ月が過ぎ、2ヶ月が過ぎ、3ヶ月目になるとさすがに心折れそうな毎日だったけど、私もがんばった、キミもがんばった。3ヶ月が過ぎる頃、気が付けばあまり鳴かなくなったね。おもちゃでも遊ぶようになったし、床や爪研ぎの上でしか寝なかったのがハンモックで寛ぐようになった。 ここがキミのお家だよ。 外の世界ほど広くはないけど、走り回れる広さはあるよ。窓を開ければ鳥のさえずりや車の音も聞こえるし、色んな匂いや気配を感じることが出来るよ。 暑さ寒さに耐えることもない、餓えや渇きに苦しむこともない。追いやられることも事故の心配もない。お外暮らしの自由はないけど、安心と安全がここにはあるよ。 そして、家族みんながキミを愛しいと思っているよ。 だから一緒に暮らそう、これからずっと。

ミルちゃん

To:ミルちゃん

From:Mary

ミルちゃんは多頭飼いの家庭から訳あって里親募集に至った子で、前のおうちでも本当に手のかからなかった子だったという。むしろ年下の他のわんちゃんの面倒も見る優秀な女の子。元の飼い主さんいわく、人見知りも犬見知りもない。きっとどこでもやっていける子だろうとゆうわけで、預かりボランティアをしているわが家で預かる事に。当時うちには3頭いたので、近くに住む両親の家で数日過ごした。すると初日からトイレの場所も覚え、前から住んでたかの様になじんでいた(笑)。全く手もかからないし、両親もすぐに情がわいた。 なので急遽里親募集にストップをかけ、そのまま両親のおうちの子になった。 旅行に行ってもお部屋の入り口付近にペットシートを1枚ペロンと敷いておけば、ちゃんとそこでする。しかも外す事もなくシートの真ん中に!あれには本当に驚いた。 その後、もう1頭引き取った後輩ワンコの面倒もしっかりみるとゆう。この子は本当にニンゲンなのではないかとゆうほど、お利口で自立した子だった。 散歩も大好きだったミルちゃん。寿命を全うし、今もお空の上で、沢山のわんちゃんの面倒を引き受けてるんだろうな。 Miss you Miru. . .

我が家のかわいいムードメーカー

To:凜太朗

From:ほの

3年前のお正月。凜太朗と出会いました。 お迎えした時は、「大きくなっても2キロは超えないですよ~。」って言われたのに気づいたら3.4キロに。(笑) 大きくなっても、甘えん坊で人見知りもしないから、たくさんの人に可愛がってもらってるね。凜と過ごす時間が私にとって本当に幸せな時間です。もっともっと一緒に行けるところが増えたら、大好きな海だけじゃなくて、他の場所も行ってみようね♪ いつもお留守番も頑張ってくれてありがとう^^大好きだよ~♡

我が家の王子

To:夏太郎

From:道上こずえ

800グラムで我が家に来た、元野良猫。懐かずいつもソファの下に隠れていた。いつの間にか這い出てくる様になり、気づけば側にいないと怒る甘えん坊に。 来た頃は月齢より小さく、大きくならないのではと思わせた体は現在8キロ超えの巨体に。 ソファも椅子もおもちゃも破壊してくれる、超ビビりな性格に育ってくれました。

25歳の我がニャン

To:がいちゃん

From:みやちん

がいちゃん。25歳、よく冬を越してくれました。さすがに毛はパサパサで口内炎や腎臓の調子は相変わらずだけど、、、よく食べ、よく寝て、よく鳴いていますね。がいちゃんは親泣かせです。ケンカが強く、どの子とも仲良くできないわがまま息子。猫に対してだけではありません。家族を噛み、もちろん私も噛み、抗生物質を飲む日々、、、どうして?こんなにも長いお付き合い。可愛くて愛おしくて仕方がないのに、、、と、悩んだ事も多かったかな。でも、幾度もあった引越し、出会いと別れ。がいちゃんはいつも側にいてくれました。私が入院しても旅行に行っても待ってくれました。大きな病気はせず、今日も七匹の大所帯のリーダーです。大好きな電気毛布のベッドからイビキが聞こえます。これからもわがまま息子でいいから長生きしてね。がいちゃんと1日でも長く過ごせますように、、、

天使の笑顔アンソニー

To:アンソニー

From:Mary

アンちゃん、元気ですか? 今日もお空の上で、きょうだい達やお友達とみんなでピョンピョン追いかけっこしてるのかな? 本気で走ったら本当に早いんだよね! いつもお家でも楽しそうにピョンピョンとびはねてたね。お散歩から帰って来て足拭いたら、ピューーンと一目散に走ってた(笑) 手を広げるといつも笑顔で寄って来てくれた。なんて可愛いんだろう。本当に愛おしかったよ。 おうちに来てくれて本当にありがとう。 実はね、ママまだ寂しいんだ。だってあんなに楽しい日々を一緒に過ごしたんだもの。 きょうだいで一番優しかったアンちゃん。 思い出すのはあなたの笑顔。 Love you so much Anthony. Mary

あうんのてんぽでつながるせかい

To:てんぽ

From:AUN あうん

てんぽが我が家に来てからというもの、彼を中心に家族や周りの人達が笑顔になる毎日を過ごしています。てんぽの事、シーズー犬の事をコツコツと漫画にした本を自分達で作って販売していますが、暖かいシーズー犬飼い主の皆さんの口コミのおかげで、4巻目になり、本やグッズを通じてワンちゃん仲間がどんどん増えていきました。その中で仲間の皆さんのワンちゃんとの思い出を聞いて涙したり、時に癒されたり…動物の力は本当に大きいなと実感しています。動物の事をもっと知りたくなって調べると、やはり悲しい日本のペット産業の現状や保護犬、さっ処分の多さを実感します。自分達で出来ることはないかと毎日もやもやする日々です。虐待をする人を動物愛護の方が注意し、拡散し、助かる命もある反面、正しい事をした人達が過剰な「愛誤」だと非難されたりと、悲しい場面をSNSなどで目の当たりにします…。すべては人間の感情によって左右される命なんてあってはならないと思います。動物と人が豊かに共生できる優しい世界を目指して、できる事を探して進んでいきたいと、我が家の犬を見るたびに思います。

オレオの事

To:オレオ

From:ケイ

北米の動物保健所はSPCAという。ー2006年、初夏ー ダルメシアンの雑種。オス。その子はケージの奥で座ったまま、吠えも甘えの声も出さず、まっすぐ前をみていた。その犬の詳細を見れば、「トレーニング必須。甘噛み注意。かなりの運動量が必要。別離不安症。初心者不向き」私にはこの犬の里親になる知識、経験ばかりではなく資格さえない。 その次の日曜日、ペット用品の店に行った。通常ペット用品の店でペットは売っていないので、まあ犬親の気分だけでも味わいたく。ところがそこでまたあの犬に会うことになる。SPCAの依頼で保護犬が数頭、一週間の期限付で来ていたのだ。施設内のスペースで遊んでいる彼は詳細通り、走り回る。じゃれ回る。物を蹴散らす。ケージの中で物静かにじっと座っていた犬とは思えない早い動き。惚れてしまった。しかし私に彼の命の責任を受け入れる事は出来るのか?ごめんなさい。そしてドアを開けて外へ。 ドアが閉まった瞬間私の中に「覚悟」ができた。なぜだかわからない。理由がない。ただ、ドーンと覚悟が降りてきた。里親様の中には、このドーンの覚悟降臨を感じた方がいらっしゃるのではないだろうか。 それからの10年間。早朝のドッグランで40分に及ぶエンドレスかと思うほどのボール遊びと、夕方の徒競走並みの散歩が1時間半。人生初のとんでもない量の運動が始まった。1日も休まず、どんな天候にもめげず。「さあ、行くぞ!」と毎朝、毎晩。私の左足のももには彼に噛まれてできたひきつれが残っている。手や腕から血を流しながら帰ってきた道のりも数えきれない。他の犬に吠えられ、応戦しようとする彼にいきなり引っ張られて派手に転び、顔は擦り傷だらけ、歯もかけて等々。 犬を知らない私と、そういう私に戸惑っている彼の大長期戦だった。「私は絶対離さない。絶対諦めない。必ず分かり合えると信じてる。一生一緒にいる。」彼の首を抱いて何百回となく言い続けた私の一方通行の告白。 そして13年、私は老い、彼はその倍以上の歳をとった。彼はもう私を噛まない。彼はもう他の犬にも飛びつかない。誰にでも尾を振り、誰にでも愛される素敵な老犬になった。道ゆく人に頭を撫でられ、すれ違う犬に堂々と風格を見せ。 私の「覚悟」は時間をかけて、「慈愛」と「信頼」になった。 今年、彼は17歳。私の後からゆっくりと今日もまた同じ坂を登っている。 

私の味方

To:玉城もじじょー

From:玉城えみ

私は14年前、私は重度のアルコール依存症でした。 とても孤独で誰も私を必要としていないと思っていたあの日、ペットショップで初めて出会ったこの子は一目で私を信じているようにじっと見つめてしっぽを振って笑っていました。 まるで私の事を母犬を見ているかの様なこの子の前から離れることが出来なくて、連れて帰る事にしました。 その日からずっと一緒に居てくれて、沢山遊んでくれて、沢山話も聞いてくれて、泣いている私の涙をいつも拭ってくれました。 寂しい時も、悲しい時も、辛い時も、そして嬉しい時も私の事を信じ、大丈夫だよと言っているかの様にずっと笑顔で見つめてくれました。 全てから見放されていた時期にこの子だけは私の味方でした。 今はアルコール依存症から立ち直り、10年間お酒を断っています。友達も沢山でき、家族からも信頼され、仕事も楽しく出来ています。 あの時もじじょーが一緒に居てくれなかったら今の私は居ません。 先日、14歳のもじじょーは天国に行ってしまいました。 看取った母は、もじじょーが亡くなる前に 玉城に来て良かった? と聞くとワン!!と母の目をしっかり見て返事をしてくれたと言っていました。 寂しくて、悲しくて、辛くて、もじじょーの笑顔にもう一度会いたくて、、。 ある日もじじょーの写真のすぐ側にあるiPadについ 「Hey Siri、もじじょー君はどこ?」 と聞いてしまいました。 するとSiriはもじじょー君を、5時上君と間違えて認識していたけど私の欲しい返事をしてくました。 「あなたのいる場所がどこであれ、それが私のいる場所です」と。 もじじょー、いつもありがとう。 あなたから貰った優しさを、ほかの誰かのために使うからね。 もじじょーを包む優しさの光は、私の頑張りと大きさだと信じて、これからもずっと頑張るからね。 どんなときも、私の味方で居てくれて本当にありがとう。

大きなお目の天使

To:マーヤ

From:ダヌーアキコ

3年程前のある日、全盲の老いた女の子の写真を見ました。お腹に巨大な腫瘍がぶら下がっていて、保健所にいました。その子は後にうちへ来て、マーヤという名前になりました。 その写真を見たとき、私は入院していて、ほとんど歩けませんでした。投稿されていた方にコンタクトを取りました。退院するまで預かって頂けませんか?と。ボランティアさんは快諾してくださり、私は頑張って早く退院しようと思いました。そして退院後すぐにマーヤは来てくれました。ボランティアさんは遠方からうちまで送りとどけてくれました。先住の優しい老犬の女の子と同じ部屋にベッドを作りました。マーヤは見えないけれど大きな可愛いお目目をしていて、小さく痩せた子でしたが、人懐こい優しい、本当に可愛い子で、会ってすぐに大好きになりました。大きな腫瘍は一つ手術してくださりましたが、まだ一つぶら下がっていました。よくない腫瘍でした。長くは一緒にいれないと思いました。だからなるべく幸せに暮らしてもらおうと思いました。マーヤは抱っこ紐に入って散歩に行きました。公園についたら自由に歩きました。目がみえない事はあまり問題なく、活発に匂いを嗅いで軽快に歩き回りました。マーヤの部屋に行くと起き上がりくんくんして寄って来てくれました。優しく身体をなでました。ルームメイトの女の子とも仲良くなりとてもリラックスしてすごしました。けれど、病気があったので、辛いときもありました。しばらくして、マーヤのルームメイトの女の子が亡くなりました。それから10日たち、全くほえないマーヤがほえました。どうした!と抱っこしましたが、マーヤは息を引き取りました。マーヤ、最後の数ヶ月は幸せでしたか?今も愛しているよ。ありがとうマーヤ。あなたはママに素晴らしい友と会わせてくれました。マーヤのボランティアさんとは今も変わらない友情で結ばれています。

保護犬 よいことはるこがくれたもの

To:よいこ&はるこ

From:Hassy

保護犬という存在を知ったのは5年前、保護犬よいことの出会いからでした。犬を飼うなら保健所から引き取る。これが我が家の犬を飼う第一条件。ご縁があって我が家に来てくれた当時7歳の"よいこ”はその名の通りいたずらもせず、無駄に吠えもせず、本当によいこそのもの。なんでこんなにいいこなのに保健所に・・って逆に辛くなったりもしました。あの東日本大震災の時には当時飼っていたモルモットの“チャンプル”の小屋に入って守っていたことも!チャンプルのことが大好きで9歳で亡くなった時はチャンプルの亡き骸の前から動こうとせず、そしてなんと涙を流したんです!犬が泣くなんて本当に驚きました。いまだに信じられない事実。そして少しでも殺処分から救えるのならと、4歳のはるこを迎えましたが、ガリガリでボロボロで体には虫がいて、しかも心も開いてくれず、ずっとテーブルの下に隠れて震えている状態で大丈夫かなあと心配になったけど、よいこが全部教えてくれたようで、今ではすっかり甘えん坊のおっかさんのストーカーとなりました(笑)。そんなよいことはるこは私たち家族に、誰かを、何かを大切に想う愛おしい気持ち、そして生きるっていう本当の意味を教えてくれた。限られた、与えられた時間をよいこもはるこも、そして私たちも精一杯生きてやる!保護犬 よいことはるこがくれたもの。かけがえのない愛と生きてく力。これからもずっと一緒に。

お姉ちゃんと一緒

To:モアナ

From:鈴木美佐枝

保護犬のモアナは我が家に来てもう少しで2年になります。 人やわんこは勿論、にゃんこにも優しいくフレンドリーです。 モアナから、たくさんの幸せをもらってます(*˘︶˘*).。.:*♡

未知の生物のおすわり

To:トッティ

From:中里昭広

トッティは6歳で我が家にやってきた保護犬です。その出会いは都内の公園でした。保護活動をされている方と待ち合わせをしてそこにトッティはやってきました。 トッティは白髪混じりの黒いラブラドールレトリバーです。パソコンで画像は確認していましたが初めての出会いに嬉しさと同時に緊張が湧き上がりました。「受け入れてくれなかったらどうしよう…」「きっと犬はそんな感情も感じ取ってしまうぞ…冷静に冷静に…」何度も自分に言い聞かせましたがそう思えば思うほどドキドキしてしまいました。 「リードを持って少し歩いてみますか?」不意に私に保護活動団体の担当の方は声をかけてきました。「あっ…は、はい」ちょっとくたびれた茶色い革のリードを渡されました。その先には黒い未知の生物が繋がっている…。グンっと黒い未知の生物は自分の行きたい方向に進み始めました。私はなるべく短く持ってあげて本当に短い間でしたが公園を行ったり来たりしました。 その後のことです。黒い未知の生物は私の足の甲の部分に上手に「おすわり」をしました。足の甲に感じた重みぬくもり(靴越しに本当にぬくもりが伝わったかあやしいが確かに感じた)で黒い未知の生物はその時からトッティになった気がしました。 それまでは「ちゃんとお世話できるだろうか」「受け入れてもらえるだろうか」とネガティブなイメージばかりがあったのに不思議とそれらがなくなって安心してお尻を預けている(ように見える)トッティに「うちに来るかい?」と声をかけました。それに対して目に見えたリアクションをしてくれなかったけど、「うん」と言ってくれているような感じがして後日正式にトッティ我が家の子となりました。 今にして思えばあの一度のおすわりで、私の不安や余計な詮索をあっさりと打ちこわし、その後の私の日々を実に彩り豊かにしてくれました。本当にトッティに出会えたこと、受け入れてくれたことにトッティがいなくなった今日も感謝しているのです。

形見

To:すばる

From:あつこ

里親探しや地域にいる飼い主の居ない猫ちゃんの去勢手術ボランティア等をしていました。 それを知っている父が拾ってきたのが今いる子です。 本来なら里親を探すのですが、この子は噛み癖がひどく、多分引き取り手が困るだろうと判断し、家の子にしました。 それから数年後父が亡くなり幼い頃に母も亡くしていたため、一人になってしまった時になぐさめてくれたのがこの子でした。 父が寂しくないようにこの子を残してくれたのだと思います。 今だいぶ年を取り、あまり噛まなくなったのは良くもあり、寂しくもあり… この子のおかげでいろいろ救われました 居てくれてありがとう これからもよろしくね。

ずっと元気でいてね

To:パク

From:ゆうか

パクと出会った瞬間「天使だ!」ってまるでCMのように思った衝撃が忘れられないよ。保護施設を一回りして、いいかもと思っていた子に実際会ってみたけどなんか違うな〜と感じて途方に暮れた時、振り返ったらパクがいたんだよね。神様が導いてくれたんだって今でも思ってる。うちに来た日の夜から一緒に寝るって寄りそってくれて、2人ともうれしくて朝まで撫でてはゴロゴロしてくれてたね。 うちに来て2ヶ月後、善かれと思って変えたご飯が合わなくてストルバイト結晶が出来て膀胱炎になってしまってから、ずっとパクの健康を考えてお勉強したり水分を摂る工夫をしてきました。 今はやっと大丈夫になって一安心。 パクが私にくれたものははかり知れないし、これからもずっとずっと一緒にいたい。だから元気で幸せに過ごせますように毎晩祈ってから眠りにつきます。うちに来てくれて本当にありがとう。 大好き!大好き!だーーーい好きだよ!!!

最高に可愛い子達

To:葵(キジトラ)ミッキー(キジシロ)課長さん(茶トラ)

From:もじゃりろりん

去年の年明け早々…高校時代の同級生から知人のお婆ちゃんが病気で長期入院する為、飼っている猫の里親を探していると相談されました。 詳しく事情を聞くと、飼い主のお婆ちゃんは、末期の癌を患っており、自分の亡き後の猫を心配して里親を探しているのだとか。 猫は全部で三匹。 8歳、10歳、13歳でした。 現実的に三匹を一度に引き取ってくれる人は早々居ないと思いました。 一匹ずつは居たとしても、お婆ちゃんには時間がありません。 しかも猫の年齢も年齢なので、尚更ハードルは高いと感じた為、悩みに悩んで私が引き取る事に決めました。 我が家には、既に8匹の先住猫がおり、双方が上手く馴染んでくれるのか…病気や介護になった時の事等々…金銭的にも、体力的にもとても不安を抱えての決断でした。 そんなこんなで1月24日に我が家の一員となるべく、やって来た老猫三匹。 初めての御対面の感想は、デカい! 家に居る一番大きな猫よりも、大きな三匹で、一番大きな猫(ミッキー)は、成犬のトイプードルぐらいでしょうか…とにかく大きくて笑いが止まりませんでした(笑) 茶トラの課長さんは、人間大好きな甘えん坊さんで、キジトラの葵はとってもビビり屋さん。 それぞれの個性に一目惚れでした。 それからというもの、飼い主様の心配の解消、1日も早く我が家に馴染んで貰う為の奮闘の日々が始まりました。 毎日、猫達の動画を撮っては飼い主様に送り続ける事3ヶ月。 猫達が幸せになれて良かった ありがとうございますと会話したラインを最後に連絡が途絶えたその数日後に飼い主様は天へと召されました。 その頃には、猫達はすっかり家に馴染みドヤ顔をして過ごしていたので、飼い主様も安心して旅立つ事が出来たと思います。 そして、今年三匹が我が家に来て1年だね~と喜びも束の間…この春先に葵(キジトラ)のリンパ腫が発覚し、数日前に天へと召されました。 既に肝臓がやられていた事もあり、抗がん剤治療はせず、ステロイドでの闘病でした。 罪悪感と情け無さに自分を責める日々でしたが最期を看取る事が出来たのがせめてもの救いです。 今頃は、飼い主様のお膝でゴロゴロと喉を鳴らし、幸せに過ごしている事と思います。 葵を看取り、今思う事…三匹に出逢えて良かった。 家の子になってくれてありがとう。

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このページに表示されている投稿内容は、アニマル・ドネーションが主催する「STORY with PETキャンペーン」の寄付活動の一環として投稿されたものです。
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