柴犬のゆず

To:山下佳子

From:ゆず

柴犬のゆずは飛行機に乗って大阪からやってきました。羽田の貨物受け取り場所で小さなバスケットに入った仔犬は、蓋を開けても大人しく座っていました。家に帰る車の中でも助手席に静かに乗っていたのを覚えています。やってきた初日の夜は怖がるかなと心配しましたが、一人リビングに置いておいても吠えることもなくお利口さんでした。大きくなるにつれ、ゆずが飼い主の私に対して示す優しさは、お母さんのような温かさがあり、私がゆずに大切にしてもらっているような気持ちになりました。散歩から帰ってきたときに、玄関でゆずの足を拭いてやり家に入れて、いったん私が庭に出て用事を済まして戻ると、ずっと玄関で私を待っていてくれるような子でした。穏やかで慎ましくてリビングが自分の居場所と心得ているのか、ドアが開いていても決してキッチンや和室に入ることもなく階段を上ることもありませんでした。階段を上らない理由の一つは小柄なので階段の段差は高くて大変だったのかもしれません。そんなゆずが2才になったころ、私と末の娘とゆずだけの女所帯に変化がありました。娘が東京の大学を卒業して高知県へ研修に行くことになりました。出発の日、ゆずも一緒に娘を羽田に見送りに行きました。ゆずは空港に入れないので、駐車場で娘とお別れの挨拶をして車の中で待っていました。私一人で見送りをして今度はゆずと二人家に帰りました。 その頃いつからか夜になるとゆずが二階に上がってくるようになりました。不思議に思いましたが、別に構わないので2階の私の寝室にゆずのベッドを作ってあげて一緒の部屋で寝ることにしました。そして朝になると又一緒に下に降りて一日過ごして又夜には一緒に上がるという生活をしばらく続けていました。そうこうするうちひと月ほどで、なぜかゆずは2階に上がってこなくなったのです。そんなゆずの様子を見ていてふと気が付いたのです。「ゆずは私のことを心配してくれていたんだ。」 娘が遠くに行ってお母さんは寂しいのではないかとゆずは私を心配して2階に来てくれていたんだと、優しいゆずの気遣いだったのです。「お母さんはもう大丈夫。」と思って以来ゆずが2階に上がってくることは一度もありませんでした。それに気づいたときは、ゆずへの感謝の気持ちで涙があふれました。今や、ゆずは11歳になり、7歳の息子のひゅうがと4歳の娘のなつの優しいお母さんになって幸せに暮らしています。