
「動物介在活動」第1回 犬だけが持つ不思議な能力
2021.11.21

犬がそばにいると心が安らぐは本当!?
犬と暮らした事がある人なら誰もが感じたことがあるであろう、ただ犬がそばにいるだけで心が安らぐ、自然と笑顔になる、元気がもらえるという感覚。これは決して私たちが大の犬好きである故の思い込みではなく、科学的にも証明されていることです。
犬と人が見つめ合うとオキシトシンという癒しのホルモンがお互いから分泌されることが証明されています(※1)。犬と暮らすことによる健康への良い影響も数多く報告があり、犬と触れ合うことで血圧や心拍数が安定することがわかっています(※2)。犬と暮らす子供はアレルギーの発症が優位に低く、免疫機能が向上することで学校の欠席日数が減少すること(※3)や高齢者の場合は通院回数や薬の使用頻度が減少、寝たきりになったケースが改善した例も報告されています(※4)。
また、犬がいることで周りとのコミュニケーションが円滑になった経験がある人も多いのではないでしょうか。同じ空間に犬がいることで家族との会話が増えるのはもちろんのこと、喧嘩した際は仲直りの仲介役になってくれたり近所の人や、たとえ初めて会う人とでも、犬を介してスムーズな交流が出来たりします。
人が犬から良い影響を受けるとき、犬は何か特別な行動をとっているのでしょうか。いいえ、特に普段と変わらずご機嫌な顔で尻尾を振りながら傍にいるだけ…
ただそこにいるだけで場の空気を明るくし人を笑顔にしたり元気づけたり、さらには触れ合いを通じて人の健康面にも大きな影響を与えたりする。実は、犬たちが持つこの不思議な能力 が、社会で困難を抱えながら生きている人々の大きな支えとなり、人々を助けていることをご存知でしょうか。
医療や福祉の現場で犬が能力を発揮
社会において、動物を意図的に介して、人が人に対して何らかの関わりを持つことを動物介在介入(Animal Assisted Intervention, AAI)と呼びます。
動物介在介入は、
動物介在療法(Animal Assisted Therapy, AAT)
動物介在活動(Animal Assisted Activity, AAA)
動物介在教育(Animal Assisted Education, AAE)
の大きく3つにわけられます。
日本では犬の癒しの力が人に良い影響を与える事に期待し高齢者施設などに犬を連れて訪問し高齢者と犬が触れ合う活動などが、アニマルセラピーとして知られている事が多いのですが、国際的にはこの動物介在介入という言葉が使われています。日本では、動物の癒しの力を人の身体的精神的なケアに使う事に、漠然としたイメージしか持たれていないかもしれません。
例えばアメリカでは、動物介在療法として、兵役で心的外傷ストレス(PTSD)を負った軍人に犬との触れ合いによる治療が行われています。高齢者施設へ犬たちが訪問できるのはもちろんのこと、高齢者とペットが共に暮らすこともできます。さらには施設内で新しくペットを飼い始める事もできる高齢者施設も存在します。
また、情緒障害・学習障害を持つ子供を治療するための長期療養型施設『グリーンチムニーズ』では、動物と触れ合ったり世話をしたりしながら暮らすことで社会復帰を目指すプログラムが存在します。
アニドネの取材記事は、こちら
海外では動物介在療法は広く認知され、医療現場でもその治療効果が認められているのに対して、日本では厚生労働省が治療として認可していないため保険適応にはなっておらず、また動物を医療や福祉の現場、特に医療の場に介入させることに対して、衛生面などへの懸念から消極的な意見もまだあります。
しかし日本にも、犬達の能力が医療や福祉の現場で発揮されるよう尽力を続ける方々がいます。その方々の取り組みにより、近年少しずつ犬達の活躍の場が用意されつつあります。今回、日本の最先端で取り組みをされている数少ないスペシャリストの方々を取材させて頂きました。(2021年9月、10月にオンラインにより実施)
キャリアチェンジ犬の貸与:犬が障がいのある子ども達を支える
介助犬の訓練、育成を行う社会福祉法人日本介助犬協会(以下日本介助犬協会)では、『with youプロジェクト』という独自の活動に取り組んでいます。介助犬を目指す訓練犬たちすべてが介助犬になるわけではありません。訓練士が一頭一頭の個性を見極めた上で、介助犬になるよりも家庭犬として生活する方が向くと判断された犬はキャリアチェンジ犬として一般の家庭に譲渡されます。その中でも、ご家族に障がい者・障がい児の方がいる家庭に対して重点的にキャリアチェンジ犬を引き合わせているのがこの取り組み『With Youプロジェクト』のポイント。細かく家庭の相談にのり、ヒアリングを行いながら、通常より長めのお試し期間を設けるなど、人と犬、両者の個性を丁寧にマッチングして犬を譲渡しています。
キャリアチェンジ犬が障がいのある子どものいる家庭に行くことで、実際にどんな良い影響を家庭に与えているのか、日本介助犬協会のセンター長で訓練士である水上言さんに、お話しを伺いました。
水上(以下敬称略):「with youプロジェクトの開始以降、21頭の犬たちがキャリアチェンジ犬として障がいのある子どもやご家族がいるご家庭で家族の一員となりました。その多くは、進行性の難病を抱えていたり発達障がいがあったりするお子さんのいるご家庭です。ご家族の方からは、子どもの変化に大変驚いているというお声をいただきます。これは一つのケースですが、このケースに限らず、何かしら非常に良い変化があったというお声は届きます。」
ーあるキャリアチェンジ犬のケースー
発達障がいのある中学生の兄と、その弟がいるご家庭にキャリアチェンジ犬を引き合わせたケース。
兄は、物事を器用に出来ない自分に対して思い悩み自傷行為をしたり、思い詰めると刃物を持ち出したりと非常に不安定だった。また、身体が大きくなるにつれ兄弟喧嘩も激しく母親の手には負えなくなり、兄弟を2人きりに出来ないため母親自身も自分の時間が全く持てなかった。キャリアチェンジ犬と引き合わせた当初は少し怖がるそぶりを見せた兄も、犬の名前を呼んで徐々に打ち解け始めた。キャリアチェンジ犬と暮らし始めてからは以前とは比べ物にならないほど穏やかになり、月に一度あった癇癪も収まった。また母親自身も自分の時間が持てた事で、美容院に数年ぶりに行く事が出来た。

日本介助犬協会では、with youプロジェクトの他に、犬による介入(Dog Intervention )という名前で、動物介在活動と動物介在療法も行っています。動物介在活動(AAA)では、DI犬を連れて、病院やリハビリテーションセンター、児童相談所への訪問を行います。患者さんや子どもたちは、犬と触れ合う中で、笑顔になれたり、治療への意欲を引き出したりすることが出来ます。
水上:「人対人だと、どうしても場が持たないとか、相手の方が緊張している場合は緊張を取るのに時間がかかることがあります。しかしその場に犬がいるだけで、会話が弾みスムーズなコミュニケーションがとれることもあります。児童養護施設への訪問へ訪問した時、施設にいた1人のお子さんが犬と触れ合ったことが嬉しくて饒舌になり、たくさん話し始めたことがあります。後にスタッフから、普段は全く話さないお子さんだと伺いました。あの子があんなに話すなんて!とスタッフさんが大変驚かれていました。」
AWGsゴールの一つ「動物の秘めた能力を解放させよう」を目指して、シリーズでお伝えします。次の記事は、ただそばにいるだけで動物の持つパワーを人間に与えてくれる「病院勤務犬 (※5)」に注目します!
(※1)出典:サイエンス「オキシトシンと視線との正のループによるヒトとイヌとの絆の形成」(2015.04.17) 朝日新聞sippo「麻布大回答 「サイエンス」誌論文は不正ではないが間違い訂正へ」(2017.05.10) (※2)出典:ウォルサム®研究所 人と動物の関係学「子供の健全な発育とペット社会的,情緒的および健康上の恩恵」 (※3)出典:ウォルサム®研究所 人と動物の関係学「子供の健全な発育とペット社会的,情緒的および健康上の恩恵」 (※4)出典:日本ペットフード協会「笑顔あふれるペットとの幸せな暮らし」 (※5)病院勤務犬は聖マリアンナ医科大学病院の商標登録済み
このテーマのゴール

ゴール 3
秘めた能力を解放させよう
人を支える犬がいます。近年は、研究の成果、動物との触れ合いが、人の心を癒したり痛みを緩和する効果を持つことが分かってきました。人に寄り添って心を癒すことを仕事とする犬猫の活躍の場を広げていきます。犬に過度な負担をさせないのが原則だと考えています。