動物虐待を防ぐための法律改正とは?法の専門家が語る現状と問題点
2024.02.13
2019年に動物愛護法(「動物の愛護及び管理に関する法律」)が改正され、生後8週齢未満の犬猫の販売禁止や虐待の罰則強化、飼育スペースなどの数値規制が段階的に施行されてきました。施行から5年をめどに内容の見直し作業が行われるよう規定されているため、いま2025年の法改正を視野に検討作業が始まっています。
次回の改正テーマとして掲げられているのは、虐待動物の緊急一時保護制度の導入や所有権の制限、対象動物の拡大など。それらを実現するための課題と現状について、「犬猫の殺処分ゼロをめざす動物愛護議員連盟」の一員である参議院議員 串田誠一氏と、動物に対する虐待をなくすためのNPO法人「どうぶつ弁護団」理事長の細川敦史氏にお話を伺いました。
プロフィール
串田誠一
参議院議員
犬猫殺処分ゼロ議連事務局次長、アニマルウェルフェア議連事務局次長
元法政大学大学院特任教授、元衆議院議員
弁護士
細川敦史
弁護士
動物に対する虐待をなくすためのNPO法人「どうぶつ弁護団」理事長
動物の法と政策研究会会長、ペット法学会会員
犬・猫から脊椎動物全般に法の対象を拡大
串田 虐待されている動物の緊急一時保護と飼育者に対する所有権の一時停止およびはく奪の可否、その方法について議論を重ねています。今回目指す改正にはたくさんの課題があるのですが、まず緊急性が高い課題としてそこから始めています。
細川 2025年の通常国会で法改正を目指していらっしゃるのですよね。
串田 そうです。ただ、そのためには2024年の秋ぐらいまでに全体像ができてないといけない。でも、果たして間に合うのか。改正したいところが多いにもかかわらず、残された時間が少ないことに危機感を持っています。
細川 前回の動物愛護法改正が2019年5月でしたから、5年後を目安に改正を目指すということですね。
串田 それもあるのですが、2025年の7月には参議院の選挙があります。そうすると、今のメンバーが変わってしまう可能性があるため、なんとか現在のメンバーで改正案をまとめたいと考えています。
細川 2019年の動物愛護法の改正は、数値規制を取り入れた画期的な改正でしたよね。
串田 そうですね。ただ、改正法律は2019年6月に公布されましたが、細かい規定や運用のルールに関しては、法律とは別に設けられる省令で定めるという形でした。たとえば、数値規制については、公布から2年以内に行うとされ、実際には2021年6月に施行されました。
それと前回の改正は犬や猫が対象でしたが、今回は畜産動物や実験に使われる動物、展示動物なども対象にしています。
細川 畜産動物や実験動物、展示動物まで範囲が広がるとなると、関わる行政側も多岐にわたりますね。
串田 そうなのです。前回の改正に関わったのは環境省でしたが、今回の場合は環境省をはじめ農林水産省や警察庁まで、さまざまな他省庁との関係が出てくるわけです。たとえば、虐待されている動物を一時保護しようとすると、行政職員だけでなく、警察官の力を借りなければならないケースもでてくるでしょう。数値規制は、環境省が所管する繁殖業者やペットショップなどに関わる問題ですが、緊急一時保護となると誰がどのように判断して保護に踏み込むのか、その法的に根拠まで整理しなければなりません。そのため、他省庁との調整にかなり時間がかかるのではないと思っています。
細川 今まで「動物愛護法は犬猫の法律じゃないか」って揶揄されてきた部分があると思うのですが、畜産動物や実験動物、展示動物にまで対象が広がるとしたら、アニマルウェルフェアという信念を掲げて運動してこられた関係者の方々は、ついに念願が叶うという気持ちでおられるでしょうね。
串田 そうですね。そうした方々からも大きな期待が寄せられているので。本当に中身のあるものにしてかなければいけないと思っています。
多岐にわたる省庁との連携が課題
細川 動物虐待に関して現状の問題点と解決策についてお話していただけますか。たくさんの省庁が絡んでくると動きがスムーズにいかない部分が多くなるのではと思うのですが。
串田 それはもうめちゃめちゃスムーズにはいかなくなりますよ(笑)。日本の基幹産業ともいえる畜産関係に何らかの規制をかけるということになると、生産者の方も含めて大変な影響が及ぶわけです。それは環境省だけで実現できることではないので、農水省も巻き込んで進めてかなければ、形になっていかない。けれども、日本の行政は縦割りの組織だから、少しでも連携しなければならないことがあると、たちどころに止まってしまいます。
細川 そうしたケースで物事を進めるには、強いリーダーシップを発揮する方が必要なのではないでしょうか。
串田 たしかにそうかもしれません。または、世論の声が非常に高まり、政府としてもやらざるを得なくなるとか。業界用語でいう「横串を刺す」という状況ですね。通常はほかの所管のことに口を出すのはご法度なので、普通の状況ではお互いが遠慮しあって動かないのです。
細川 前回の改正で定められたマイクロチップ登録の義務化は、獣医師からの反対はあまりなかったのですか。
串田 マイクロチップに関しては、反対するところがあまりなかったです。法律上、装着は獣医師さん行わなければならないことで、規制とは違いますから。反対の声が強くなるのは、やらなければならない仕事が増える場合が多いと思います。たとえば、アニマルポリス。これは環境省だけはできないですよね。ポリスというくらいだから、内閣の公安委員会や警察庁も関係してきます。そして保護した動物は厚生労働省が管轄する動物愛護センターで預かることになるでしょう。もちろん動物愛護の観点からは環境省も関係しますね。実にいろいろな省庁の連携が必要になります。
細川 今、そのような省庁をまたぐ法改正については、どのくらいお話が進んでいるのですか。
串田 議連において話は進んでいるのですが、実際にそれがそのまま条文化されて法改正に結びつくかはまた別の話になるのですよね。虐待されている動物を緊急一時保護する場合、いったいどこに保護するのか。保護の期間はいつまでなのか。保護したあとに飼育者から所有権を没収できるのか。いろいろなケースがあり、そこにさまざまな課題が発生するので、一足飛びには話が進まないのが現状です。
細川 そのあたりは児童虐待の制度が参考になるかなと思います。虐待されている子供の一時保護の場合は、保護している2カ月の間に児童相談所が裁判所に申し立てをして、裁判所の審判により、保護期間を延長したり、さらに乳児院のような子供の安全を確保できる場所に移したりといったことができます。一時保護は裁判所の判断なしで行えます。まず子供の安全を確保したうえで、正式な手続きを進める事例が参考になりそうだと思っています。
串田 児童福祉法においては、一時保護の判断をするのは児童福祉所の所長です。では、動物の場合は、その所長にあたる人は誰なのか。そこがまず問題です。
細川 現実的には愛護センターの所長になるのではないでしょうか。都道府県知事の判断を仰ぐとなると時間がかかりそうです。愛護センターの所長さんのほうがスピーディかつスムーズにいくのではないでしょうか。
串田 児童の場合には、児童相談所の所長判断でまず保護する。先行する行動があるのですが、動物が虐待された時に、所長はどの段階で判断すればいいのか。また、一時保護するために飼育者の家に入ってよいのか。一時保護して所有権を一時制限またははく奪するといっても、そもそもその家には誰がどんな法的根拠があって入れるのか。相手が抵抗して立てこもった場合には、ガラス窓やドアを壊してもいいのか。壊した場合の賠償はどうするのか。現場で起こりうるさまざまな事態を想定した議論にまではなっていないのが現状です。
細川 たしかに、難しいですね。家の中に強制的に入れる人の権限については、法律家として踏み込めば踏み込むほど壁があると感じますね。
串田 強制執行の場合はドアの鍵を開けるプロを連れていくこともあります。では動物を保護するときもそういうようなことができるのかどうか。想定される項目ごとに有識者のヒアリングをしながら、これから猛烈な勢いで議論を進めていかなければと思っています。
すぐそばにある虐待見逃さないで
串田 細川先生は、「どうぶつ弁護団」を立ち上げられましたね。「モノ言えぬ動物たちを代弁し、私たちが護ります」というキャッチフレーズを掲げていらっしゃいます。
細川 はい。動物への虐待を防止するためには、すでに起きてしまっている事態をなるべく早く察知して、行ったものは処罰されるという適切な事後処理が必要であると考えたからです。一時保護の場合と同じように、この活動を行うためには法的知識や獣医学的知識などさまざまな知識が必要なので、弁護士、獣医師、学識者など各分野の専門家と連携しながら活動を行っています。
串田 まずは、一般の方が弁護団に虐待だと思われる事案を通報するのですね。
細川 そうです。提供された情報に基づき、当法人が「自ら」弁護士や獣医師と連携して告発などの手続きを進めていきます。
串田 すばらしい取り組みだと思いますが、その仕組みが機能していくためには、一般の方が動物保護の観点で自分の身の回りで見聞きすることに関心を寄せることが大切ですね。
細川 その通りです。そういう意味で、私たちを含め動物愛護に関わる人たちや行政の人たちが積極的に情報発信をして、動物愛護に無関心な層が関心を持てるようにしなくてはならないと思います。
串田 唐突に「動物を大事にしよう」といってもピンとこない人が多いかもしれませんが、なにかワンテーマについて署名を集めるということなら、考えてもらえるかもしれません。また、一般の方にはご近所で虐待かもと思われることを見かけたり気が付いたりしたら、見過ごしにせず行政なり警察に通報してほしいですね。最近はご近所の人間関係が希薄になっていて、隣近所の生活に関心を持たない方も多くなっているのかもしれませんが、虐待事例のひとつである多頭飼育崩壊は、飼い主さんが高齢であったり、地域から孤立していたりするケースが多いようです。そうした人を見過ごしにするのは、そこに飼育されている犬猫の命だけでなく、飼い主さんの生活や命をも脅かす問題といえます。
そもそも、日本人はあまり行政に対して要望を出さない奥ゆかしい人が多いような気がします。
細川 関西では「こうしてほしい」と要望する人が多い印象があります(笑)。それでもなかなか現状が変わらないのは、あまりに要望が多いので、行政側がまともに取り合っていないのではと思っていました。
串田 同じ日本でも地域によって違いがあるのですね。ただ全国的にみると、行政への要望で多いのはネガティブな意見ではないでしょうか。たとえば、京都では市民からの通報で公的機関での保護犬・猫の譲渡会が中止になった例がありました。
細川 なぜ、譲渡会がいけないのですか。
串田 犬猫によって施設が汚れるのではないかとか、動物が嫌い、あるいはアレルギーの一般市民もいるから、公民館など公の施設を貸すのはけしからんというわけです。行政というのは、そういうネガティブな意見には敏感に反応してしまうものなのです。行政としては問題が起こりそうなことはやらない方が安心だし楽ですから。賛否両方の声があったとしても、「やめろ」という声の方が大きいと、「一般市民からの声があったのでやめます」という立派な言い訳が成り立ってしまうわけです。
細川 新たになにかを始めるとしたら大変ですけど、やっていることをやめるのは簡単でしょうからね。
串田 「公的機関では譲渡会はやりません」と言ってしまったほうが簡単なわけですよ。
それでも、横浜市旭区では行政の中に犬猫の保護活動に熱心な方がいて、区役所で譲渡会を行っていますし、まったくトラブルもないそうです。
細川 行政マンの中に理解がある人がいるかいないか、人に依存している現状がありますね。ただ、行政の方は数年おきに担当が変わりますよね。そうすると、前任者のときは動物愛護に積極的だったけれど、後任者になったらそうでもなくなる可能性もありますよね。ひと頃に比べると、全体的には動物愛護に理解のある方が増えてきたような印象はありますが。
串田 岡山の施設では、野犬を訓練して譲渡する活動を市が応援しています。保護団体がポスターを貼ったりチラシを置かしてもらったりする場合にも、「岡山市もこの活動を応援しています」というとスムーズにいくそうです。岡山の行政の方はとても謙虚で、「自分たちは特別なことはやっていないのですよ」とおっしゃっていましたが。
細川 野犬の問題について、市も一緒にやると決断したこと自体がすごいですよね。
串田 以前、市長さんや知事さんに「どういう言い方をされると、やらなければならないと思うのですか」と伺ったことがあります。すると、「やってください」と言われるより、「あそこの県や市ではできているのに、なぜあなたのところではできないのですか」と言われるのが、いちばん嫌なのだそうです。隣の県や市など比較されるのが近い場所だと、とくに嫌なのだと。「できないのは、行政の長が優秀ではないから?」と暗にいわれると「いや、うちだってできます」という方向に動く(笑)。「よそができているのに、なぜうちだけできないのか」と不安になる心理を利用して行政を動かすのも手だと思います。
細川 「全国初」というワードはあまり響かないですかね。関西では「ほかにはまだどこもやっていない。あなたのところが全国で初めてですよ」というフレーズが有効だと思うのですが。関西人は人より先にやるのが好きだったりしますから(笑)。
串田 なるほど、地方ごとにある独特な心理を生かすのもよいかもしれませんね。とにかく行政に対して要望するのは、有権者の当然の権利ですから、どんどん要望を伝えてほしいです。
真の動物愛護、動物福祉を目指そう
串田 そもそも、保健所は厚生労働省、動物愛護センターは環境省の所管ですよ。人の命を護るための保健所が、今でも犬猫の殺処分を行っているのはおかしいと思いませんか。
細川 たしかに。そもそも保健所が野犬の殺処分を行うのは、狂犬病から人の命を守るという発想からですよね。スタートはそうであっても、今の社会には合っていないですよね。
串田 そうです。保健所はきれいなビル内にあるのですが、建物の地下に野犬を収容する施設があって、それはもう昔のまんま機械的にガス室の方へ押し出すような造りになっているところがあります。殺処分を行っていない施設であっても、そのまま使用しているから、保護犬・猫を収容するスペースが狭くて多くの犬が詰め込まれている現状があります。使っていないガス室など取り払って広くてきれいな保護施設にすればよいと思います。
細川 そもそも動物保護は環境省が所管すればいいのでしょうか?
山本(アニドネスタッフ) 確かにでもそうですよね。動物愛護センターの意味合いを変えるのだったら、所管も変えないと意味が変わらない気がします。
細川 環境省が所管する動物愛護センターが、厚労省が所管する保健所の中にあるのは変な気がしますよね。
串田 だからアニマルポリスを発足させても、保護した犬や猫を預かるのは厚労省の所管の施設になるわけです。すごく違和感がありますよね。動物虐待罪に関して保護法益について国会で聞いたことがあるのですが、動物の保護ではなくて、人間のための保護法益だという回答でした。まさに厚労省的な発想。つねに人間を中心とした考え方なのです。
山本(アニドネスタッフ) 管轄省庁を変えてもらうのは難しいのでしょうか。
串田 行政組織法的な意味で変えればよいだけの話ですから、それほど難しい話ではないです。動物愛護管理室も省庁再編のときに総理府から移ってきたわけです。いま動物愛護管理室は自然環境局総務課の所管ですが、組織図にも出てこないのです。環境省の中で「課」と「室」では力関係は自ずと組織図通りになります。その結果、たとえば沖縄の野猫問題にしても、希少動物を保護するために野猫を駆除するという発想になってしまいます。
細川 組織図の上の発言権が強いという霞が関だけの理屈なのですね。法律という観点からは、そうした発想は全くないですからね。
串田 じつは家庭で飼育されている犬猫は現在1588万頭、15歳未満の子どもは1400万人ぐらいといわれていますから、犬猫の方が家庭にいることになります。それなのに、未だに「室」のままにしてしまっているというのは問題だと思うのです。今、子供を真ん中にした政策を提唱するなら、動物のことをもう少し引き上げてほしい。ほんとうは動物局があってもよいのではと思います。
串田 大変な話ばかりしましたけど、令和の時代になってようやく動物愛護活動が活発化してきているのを実感しています。いよいよ令和の時代にどんどん変わっていく動きを感じています。現状を変えてゆくのは大変だとは思いますが、一般の人をどんどん巻き込んで動物愛護、動物福祉を普及させていきたいですね。
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このテーマのゴール
ゴール 10
虐待死をゼロに
劣悪な飼育現場や繁殖所からレスキューされる犬・猫のニュースを耳にすることが増えています。虐待相談窓口は全国にありますが、どこに連絡したらいいか分からないことが多いのが現状です。世の中の虐待をもれなく取り締まり、速やかに解消する仕組みづくりを支援していきます。