オレオの事
To:オレオ
From:ケイ
北米の動物保健所はSPCAという。ー2006年、初夏ー ダルメシアンの雑種。オス。その子はケージの奥で座ったまま、吠えも甘えの声も出さず、まっすぐ前をみていた。その犬の詳細を見れば、「トレーニング必須。甘噛み注意。かなりの運動量が必要。別離不安症。初心者不向き」私にはこの犬の里親になる知識、経験ばかりではなく資格さえない。 その次の日曜日、ペット用品の店に行った。通常ペット用品の店でペットは売っていないので、まあ犬親の気分だけでも味わいたく。ところがそこでまたあの犬に会うことになる。SPCAの依頼で保護犬が数頭、一週間の期限付で来ていたのだ。施設内のスペースで遊んでいる彼は詳細通り、走り回る。じゃれ回る。物を蹴散らす。ケージの中で物静かにじっと座っていた犬とは思えない早い動き。惚れてしまった。しかし私に彼の命の責任を受け入れる事は出来るのか?ごめんなさい。そしてドアを開けて外へ。 ドアが閉まった瞬間私の中に「覚悟」ができた。なぜだかわからない。理由がない。ただ、ドーンと覚悟が降りてきた。里親様の中には、このドーンの覚悟降臨を感じた方がいらっしゃるのではないだろうか。 それからの10年間。早朝のドッグランで40分に及ぶエンドレスかと思うほどのボール遊びと、夕方の徒競走並みの散歩が1時間半。人生初のとんでもない量の運動が始まった。1日も休まず、どんな天候にもめげず。「さあ、行くぞ!」と毎朝、毎晩。私の左足のももには彼に噛まれてできたひきつれが残っている。手や腕から血を流しながら帰ってきた道のりも数えきれない。他の犬に吠えられ、応戦しようとする彼にいきなり引っ張られて派手に転び、顔は擦り傷だらけ、歯もかけて等々。 犬を知らない私と、そういう私に戸惑っている彼の大長期戦だった。「私は絶対離さない。絶対諦めない。必ず分かり合えると信じてる。一生一緒にいる。」彼の首を抱いて何百回となく言い続けた私の一方通行の告白。 そして13年、私は老い、彼はその倍以上の歳をとった。彼はもう私を噛まない。彼はもう他の犬にも飛びつかない。誰にでも尾を振り、誰にでも愛される素敵な老犬になった。道ゆく人に頭を撫でられ、すれ違う犬に堂々と風格を見せ。 私の「覚悟」は時間をかけて、「慈愛」と「信頼」になった。 今年、彼は17歳。私の後からゆっくりと今日もまた同じ坂を登っている。